タイの2025年の出生数が41万6,574人にとどまり、過去75年で最も少なくなった。同じ年の死亡数は55万9,684人で、生まれた数を14万人以上も上回る。人口の自然減はこれで5年連続となり、タイは「子どもが減り、高齢者が増える」局面に本格的に入った。経済成長の途上で少子高齢化が進む構図は、すでに同じ問題に直面する日本にとっても人ごとではない。
数字が示す人口減少の深刻さ
タイの登録統計をもとにした報道によると、2025年の出生数は41万6,574人で、1950年代以降で最少を記録した。出生数が年50万人を割り込む状態が数年続いており、減少に歯止めがかかっていない。一方で死亡数は55万9,684人にのぼり、出生数との差は14万人を超えた。1年のあいだに14万人規模の人口が自然に減った計算になる。
自然減は5年連続で、総人口は現在およそ6,600万人とされる。かつて豊富な働き手が成長を押し上げる「人口ボーナス」を享受してきたタイが、その前提を急速に失いつつあることを、この数字は突きつけている。
なぜタイで子どもが生まれないのか
背景にあるのは、生活コストの重さだ。住宅、教育、子育てにかかる費用が上がる一方で、収入や雇用の先行きに不安を抱える若い世代が、子どもを持つことに慎重になっている。SNSを通じて他人の「成功」が常に目に入り、自分の暮らしと比べて見劣りを感じやすくなったことも一因として指摘される。
合計特殊出生率(女性1人が生涯に産むとされる子どもの数)は1.2前後、推計によっては1.0近くまで下がったとされ、日本とほぼ同水準かそれを下回る。人口を維持するのに必要とされる2.1を大きく割り込み、韓国やシンガポールと並ぶ「超低出生率」の国に数えられる。タイ国内で1,000人以上を対象にした調査では、71%が少子化を「国家的な危機」と受け止める一方、子どもを持つ予定があると答えた人は35.8%にとどまったと報じられている。
豊かになる前に老いるという難題
タイの人口問題が重いのは、まだ高所得国になりきらないうちに高齢化が進む点にある。すでに人口の約5分の1が60歳以上を占め、「高齢社会」入りが目前とされる。専門家の推計では、有効な対策を打たなければ今後数十年で総人口が4,000万人規模まで縮みうるとの見方も出ている。
働く世代が細れば、年金や医療といった社会保障を支える人手も減り、経済の成長力そのものが落ちる。日本が数十年をかけて向き合ってきた人口減少を、タイはより短い助走で迎えつつあるとも言える。観光業や製造業の現場で、ミャンマーやカンボジアなど近隣国からの労働力への依存が強まってきた流れも、この構造と切り離せない。
政府の対応「すべての出生に意味がある」
タイ公衆衛生省は2026年4月、「すべての出生に意味がある(Every Birth Matters)」と題した方針を打ち出した。同省保健局のトップは、夫婦に出産を強いるのではなく、望んで産む選択が安全で質の高いケアに支えられるようにすることが狙いだと説明している。出産を「義務」として個人に迫るような発想からの転換を求める声も、国内では強まっている。
出産を迫るのか、産める社会をつくるのか
少子化対策のあり方をめぐっては、国内でも見方が割れている。出生数という結果だけを追い、若い世代に出産を呼びかける手法には「圧力ではなく、安心して産み育てられる環境づくりこそ先だ」との反論が根強い。住宅価格や教育費、長時間労働といった足元の条件が変わらないままでは、いくら旗を振っても数字は戻らないという指摘である。
裏を返せば、出生率の低さは個々人にとっての合理的な選択の積み重ねでもある。子ども1人を育て上げるのにかかる費用と、共働きでなければ立ちゆかない家計を前に、「産まない」「1人で十分」という判断は珍しくなくなった。タイ社会がこれから問われるのは、人口の数字をどう押し上げるかだけではない。減っていく人口を前提に、労働力や社会保障、地方の暮らしの仕組みをどう組み替えていくかという、より長い時間軸の課題でもある。
数字がすぐに反転することは考えにくい。それでも、子育てを家庭だけの責任にせず社会全体で支える仕組みをどこまで整えられるかが、タイの次の数十年を大きく左右する。
