タイの観光地で、食事をしておきながら代金を払わずに立ち去る外国人客が増えている。プーケットでは、わずか120バーツ(約580円)の支払いを拒んだロシア人のカップルが「警察を呼べばいい。どうせタイの警察は何もできない」と言い放ったという。実際、タイでは未払いの飲食代は刑事事件ではなく民事上のトラブルと扱われ、現場の警察にできるのは仲裁までである。
「警察は何もできない」と言い残す客
発端の一つは、プーケットのマイカオにある小さな食堂で起きた。2024年4月、ロシア人のカップルが食事の代金120バーツを払おうとせず、店主が問いただすと「警察を呼べ。どうせ何もできない」と言い残したという。警察が駆けつけて仲裁を試みたものの解決せず、ほかの客も帰ってしまい、店はその日早じまいに追い込まれた。20年近く営業するプーケットの別の店主は、80バーツのスムージーに「思っていた味と違う」と難癖をつけて払わない客を例に挙げ、最初から払うつもりのない客がいると語る。
なぜ刑事事件にならないのか
こうした踏み倒しが後を絶たない背景には、タイの法律の立て付けがある。未払いの飲食代は刑事上の窃盗ではなく、契約をめぐる民事上の問題と位置づけられている。そのため通報を受けても、現場の警察ができるのは双方の話し合いを仲介することまでで、強制的に支払わせる権限はない。正式に請求するには弁護士を立てて民事裁判を起こす必要があるが、その費用は数十バーツから数百バーツの飲食代をはるかに上回る。結局、泣き寝入りする店が大半になる。
利益を吹き飛ばす一件の踏み倒し
被害額そのものは小さくても、打撃は軽くない。賃料の高い観光地で薄利を重ねる小規模店にとって、一件の踏み倒しは、ほかの数テーブル分の利益を帳消しにしかねない。前払いの仕組みを持たない店が多く、悪質な客を防ぐ手立ても乏しい。トラブルが起きれば、その日の営業を早めに切り上げざるを得ないこともある。パタヤでは、2,500バーツのバーの勘定を踏み倒そうとした酩酊状態の客が、身分証も持たずに抵抗し、警察に拘束されてようやく決着した例もあった。
観光地に集中する被害
被害は外国人観光客が集まる地域に偏っている。プーケットでは2025年1月から2026年4月までに外国人がからむ案件が3,218件に上り、うち2,223件が観光客がらみだったとされる。同県を2025年に訪れた観光客は1,400万人を超え、ロシア人だけでも100万人を上回った。クラビのアオナンでは2025年11月、食事を済ませた客が不満を理由に支払いを拒んだ事例が、警察問題を担当する国会アドバイザーがその年に記録した725件の一つとして報告されている。地元警察は世論の高まりを受けて取り締まりを強め、無査証入国の見直しを議論する声も出ている。観光収入に支えられる地域だけに、少額の踏み倒しであっても積み重なれば、もてなす側の不信や疲弊につながりかねない。