タイ東部サケオ県アランプラテート郡で4月26日、67歳の女性が放置されていた汚水処理槽に落ちた子犬を助けようとロープで降下し、酸欠で窒息死する事故が起きた。子犬は浄化槽内の水面に浮いた状態で女性の遺体のそばで生き残り、後に救助された。タイの農村部に多い「家庭用浄化槽(บ่อเกรอะ)」は酸素濃度が極端に低く、専門装備なしで降りた人が即意識を失う典型的な事故パターンだった。
死亡したのはナーン・スパンニーさん67歳。現場はサケオ県アランプラテート郡アランプラテート副区、バーン・キーロー2学校近くの放置された汚水処理槽だ。落ちたのは飼い犬のチャオダム(メス、生後5〜6か月)。チャオダムが穴に落ちたのを見つけたスパンニーさんは、ロープを使って自力で槽に降り、子犬を引き上げようとしたとみられる。
降りた直後にスパンニーさんは酸素不足で意識を失い、底に溜まった汚水に頭から沈み込んだ。発見時の遺体は頭部が水中に浸かった状態で、自力で這い上がる時間も体力もなかったことを示している。チャオダムはたまたま水面に浮かんでいられたため助かり、女性の遺体のそばで救助されるまで待っていた。
家庭用の汚水処理槽は、下水道網が届かない地域でトイレや台所の排水をいったん貯めて沈殿・嫌気分解させる装置だ。長期間使われずに放置されると、底に溜まった有機物が嫌気的に分解されて硫化水素を発生させる。同時に酸素は大気の21%から致死域である数%まで急落する。専門装備(酸素濃度計とエアラインマスク)のない人が降りれば、数秒から数十秒で意識を失う。今回の現場は子犬の鳴き声が聞こえる距離にあったため、女性に「助けに行ける」と判断させた可能性が高い。
タイでは家庭用浄化槽や農業用井戸での同型事故が繰り返し起きている。先に書いたパンガー県でパームヤシ農園の井戸に4人が連鎖死亡した事故も、同じ4月26日の出来事だった。アユタヤ県では4月23日、81歳女性が排水管に落ちた犬を助けに自力で潜って気絶した事案もあり、こちらは救援隊が30分で穿孔救出に成功した。今回のサケオの事案は、その流れの中でも最悪の結末になった。
タイ災害対策当局は「専門装備や訓練を受けた救援隊なしに、汚水処理槽・農業井戸・換気の悪い閉鎖空間に入らないように」と繰り返し呼びかけている。動物が落ちた場合も同様で、地区の救援団体や消防(หน่วยกู้ภัย)に連絡することが第一原則になる。降りた人が倒れた場合に二次的に救助に入って連鎖死亡する事案を防ぐため、最初に倒れた人を見たら直ちに191または救援団体の番号に通報するルールを共有しておきたい。
タイの農村部に住む日本人にとっても、家屋の敷地内に旧来の汚水処理槽が残っているケースは少なくない。蓋がしっかり閉まっているか、雨で蓋が外れた跡がないか、定期的に点検することが家族とペットの安全につながる。
スパンニーさんは飼い犬を救うために自分の命を投げ出した。チャオダムが浮いて生き残ったという結末は救いだが、犬と人の両方を救うためには、降りる前に通報するという冷静な選択が大事だと改めて思い知らされる事案となった。