タイ政府の国家安全保障会議(NSC)が、タイ・カンボジア両国の海上境界線と共同資源開発を定めた「2001年覚書(MOU44)」を廃止する方針を正式決定した。アヌティン・チャンウィーラクン首相兼内務相が議長を務めた4月23日の会合で、過去25年間進展しなかった2国間交渉の枠組みを白紙に戻し、国連海洋法条約(UNCLOS)の枠組みで改めて協議するとの方針で合意した。
MOU44はタクシン・チナワット政権時代の2001年に締結され、タイ湾で両国の主張が重なる海域(通称「重複主張水域」)の境界線と海底資源共同開発を交渉する枠組みだった。しかし、その後25年間で両国が交渉テーブルを開いたのは5回のみで、境界線画定も資源共同開発も実質的な進展を見せないまま、むしろ両国間で海上境界をめぐる摩擦を生み出す火種となってきた。
廃止の主な理由は3点に整理された。第1に、MOU44の枠組みでは長年にわたり実質的な成果が生まれていないこと。第2に、カンボジアがUNCLOSに加盟したため、国連海洋法という国際的に確立された枠組みに従って協議するほうが中立性・法的実効性が高いこと。第3に、UNCLOS規定のほうがタイ・カンボジア双方の主張整理と合意形成に適していること、である。
今後、外務省が廃止手続きと閣議提出書類を整える見通しで、最終承認は内閣が下す形になる。カンボジア側への事前通知については、タイ側は「公式な事前通知を必要とする法的義務はない」との立場を示唆しており、仮にカンボジアが反発した場合は国際的な多国間フォーラムでの協議を想定している。
タイ海軍のタドーウット参謀総長もこの方針を支持し、「MOU44は機能していない」と断じたうえで、政府が意思決定した時点から即座に実行する準備が整っていると述べた。海上の主権主張や資源管理で、今後はタイ側が単独でUNCLOSに沿った立場を展開することになる。
MOU44廃止の背景には、タイ湾南部の海底油ガス資源をめぐる長年の戦略的せめぎ合いがある。この海域には推定で数兆バーツ規模の炭化水素資源が眠るとされ、開発が凍結されている間は両国ともエネルギー輸入依存が強まる構造が続いてきた。交渉枠組みの刷新は、この停滞をUNCLOSという国際規範で再スタートさせる試みとなる。
一方で、MOU44の廃止はカンボジアとの二国間関係を再び緊張させるリスクも抱える。両国の国境線は一部で係争中の領土問題を含んでおり、陸上・海上の両面で合意形成が難航する局面が続くと、観光・貿易・労働移動など経済実務にも影響が波及する可能性がある。