タイの消費者団体「タイ消費者協議会」が6月8日、オンライン投資詐欺の被害者を代表し、フェイスブックを運営するメタ(Meta)やアップル、LINEといった主要プラットフォームと、商業銀行9行を相手取って、バンコクの民事裁判所に提訴した。請求額は総額2億3,000万バーツ(約11億2,000万円)を超える。被害者の1人は、フェイスブックの広告とLINEのグループを通じて偽の投資アプリへ誘導され、1億6,500万バーツ(約8億700万円)を失った。詐欺を実行した犯人だけでなく、その「入り口」となったプラットフォームと、資金が流れた銀行の責任までを問う、タイでは異例の訴訟である。
1人で1.65億バーツを失った投資詐欺
訴えの中心にあるのは、ある女性が1億6,500万バーツを失った投資詐欺の事例だ。彼女はまずフェイスブック上で詐欺グループに接触され、LINEのグループに誘い込まれた。そこで勧められるまま、アップルのアプリストアから投資アプリをダウンロードし、資金を投じていったとされる。
詐欺の流れは、近年タイで横行している手口の典型である。著名人の名前や写真を無断で使ったフェイスブック広告で信用させ、LINEのグループへ誘導する。次に、正規のアプリストアやグーグルプレイで配信されている偽の投資アプリを入れさせ、安全な仕組みだと思い込ませる。最後は銀行の送金システムを使って、ダミー会社名義で開設された「馬口座」と呼ばれる受け皿の口座へ、被害者自身に送金させる。各段階で、被害者は「まともな企業のサービスだから大丈夫だろう」と信じ込まされていく構図だ。
メタ・アップル・LINEと銀行9行が被告に
提訴したのは、タイ消費者協議会と弁護団、そして被害を受けた消費者たちである。6月8日、バンコクのラチャダーピセーク通りにある民事裁判所に訴状を提出した。
被告となったのは、主要なグローバルプラットフォーム4社の親会社と、商業銀行9行だ。プラットフォーム側には、メタ(フェイスブックの運営会社)、LINE、アップルなどが含まれる。これらの企業は、自社のシステムを通じて詐欺の拡散経路を提供したと指摘されている。銀行9行については、不審な取引パターンを検知し、疑わしい送金を止める法的な義務があったにもかかわらず、それを怠ったと主張されている。民事裁判所は、8月3日に最初の審理を開く予定だ。
なぜプラットフォームと銀行の責任を問うのか
この訴訟が注目されるのは、詐欺の「実行犯」ではなく、その舞台を提供した側に賠償を求めている点にある。投資詐欺の犯人グループは海外に拠点を置くことが多く、資金は馬口座を経由して短時間で引き出されてしまうため、被害者が直接お金を取り戻すのは極めて難しい。
そこで消費者協議会は、詐欺広告を載せたプラットフォーム、偽アプリを配信したアプリストア、そして資金の通り道となった銀行という、それぞれの「関所」に責任があったと位置づけた。利用者の多くは、大手プラットフォームの広告やアプリストアの審査、銀行の監視を信頼している。その信頼を裏切る形で被害が拡大したのであれば、各社にも防止する義務があったのではないか、という主張だ。
タイで深刻化する投資・オンライン詐欺
タイでは、投資詐欺やコールセンター詐欺による被害が深刻な社会問題になっている。著名人になりすました広告や、高い利回りをうたう偽の投資話で資金を集め、ダミー会社名義の口座に送金させる手口が後を絶たない。当局は馬口座の凍結や専用の通報窓口の設置などで対策を進めてきたが、被害額は大きいままだ。
今回の訴訟は、その被害の責任をどこまで「場を提供した企業」に問えるのかを試す一件になる。もし裁判所がプラットフォームや銀行の責任を一定程度認めれば、タイだけでなく東南アジア全体で、同種の被害救済や規制のあり方に影響を与える可能性がある。8月3日の初回審理が、その出発点となる。