タイ西部カンチャナブリ県の国立公園で、第二次世界大戦中の爆弾跡として保護されている地形を、オフロード車で踏み荒らしたとして、タイ人女性が罰金1万バーツ(約4万9,000円)を科された。女性が自らフェイスブックに投稿した写真がきっかけで発覚した。現場は、旧日本軍が建設した泰緬鉄道にまつわる歴史的な場所だった。
乾季だけ姿を現す泰緬鉄道の爆弾跡
問題の爆弾跡があるのは、カンチャナブリ県のナムトック駅の近くにある国立公園内である。この一帯は普段、ワチラロンコン(カオレーム)ダムの貯水池に沈んでいるが、雨の少ない4〜5月の乾季になると水位が下がり、地形が姿を現す。第二次大戦中の連合軍による爆撃でできた穴とされ、泰緬鉄道の歴史を伝える遺構として保護されている。
現場には、かつての線路跡やその周辺で車を走らせたり歩いたりすることを禁じる警告標識が立てられていた。それにもかかわらず、女性の車は保護区域に乗り入れ、深いタイヤ痕を残していた。
フェイスブック投稿で発覚した破損
発覚のきっかけは、女性自身がフェイスブックに上げた写真だった。トヨタのランドクルーザーFJがぬかるみにはまった様子が写っており、さらに別の動画では、線路跡を勢いよく走る車の姿も映っていた。これらの投稿が広がり、批判が集まった。
女性は国立公園の職員と面会したうえで、公園の規則に違反したとして1万バーツの罰金を科された。公園側は、今回の行為を規則違反だと公式に表明し、損傷した区域の修復と、警告標識の増設を進める方針を示している。
女性はその後、問題の写真や動画を削除し、公開の場で謝罪した。オフロード車の愛好家グループの一員として、コ・サドゥンの集落で学校の屋根を造る活動に参加していた際の出来事だったと説明し、その場所の歴史的な重みを知らなかったと釈明している。今後は訪れる場所について事前に調べたいと述べた。
泰緬鉄道とは何か、なぜ日本と関わるのか
泰緬鉄道は、第二次大戦中に旧日本軍がタイとビルマ(現在のミャンマー)を結ぶために建設した鉄道である。建設には連合軍の捕虜やアジア各地から集められた労働者が動員され、過酷な労働環境と栄養失調、病気によって膨大な数の死者を出した。その悲劇から「死の鉄道」とも呼ばれる。
泰緬鉄道は全長およそ415キロに及び、わずか1年あまりの突貫工事で完成させられた。連合軍の捕虜約6万人と、東南アジア各地から集められた数十万人の労働者が動員され、このうち捕虜だけで1万人以上、アジア人労働者を含めれば数万人が亡くなったとされる。過酷さの象徴として、今も世界に記憶されている。
カンチャナブリには、映画でも知られるクワイ川鉄橋や連合軍の戦争墓地があり、今も多くの観光客が歴史を学びに訪れる。日本人にとっても、自国の戦争の記憶と向き合う場所として特別な意味を持つ土地である。
カンチャナブリのヘルファイア・パス(地獄の業火峠)には記念館が設けられ、毎年、各国から遺族や元捕虜の関係者が慰霊に訪れる。線路跡や橋、墓地は、戦争の記憶を後世に伝える場として大切に保存されてきた。今回踏み荒らされた爆弾跡も、そうした歴史を刻む遺構の一つであり、損なわれれば二度と元には戻らない。