タイ・チャイナット県サンプヤ郡ハートアサ町モ2に住む61歳の女性ナタヤさんは、5月25日から登録が始まる政府給付プログラム「タイ助けタイプラス(60/40)」を、月最大1,000バーツ・総額4,000バーツの給付を受けられる対象でありながら、「やり方が分からない」「登録に間に合わない」として権利の放棄を決めた。同居家族は95歳の叔母と、精神疾患を患う56歳の弟。屋根に大きな穴が開いて雨漏りでタライ何個も並ぶ古い木造の家で、政府の障害者手当・老齢手当・福祉カードの月数千バーツだけで3人と犬猫4匹を養う。米を買い溜めして弟と叔母の食事を確保したかったが、PaoTangアプリでの本人確認とデジタル手続きの壁を越えられず、結局諦めるしかなかった。タイ助けタイプラスのデジタル登録方式が、最も支援を必要とする層の手に届かない構造的な問題を象徴する事例として、地元メディアの取材で明らかになった。
屋根に大穴+床板腐敗の家で、95歳叔母+精神疾患の弟を介護
ナタヤさん(61歳)が暮らすのはチャイナット県サンプヤ郡ハートアサ町モ2にある古い木造の住宅。屋根にはすでに大きな穴が開いていて、雨が降ると室内にタライを並べて雨水を受けるしかない。雨の日は95歳の叔母が眠れないほどの状態。床板は腐って踏み抜きで足を負傷する場面も繰り返している。同居しているのは叔母(95歳)と、精神疾患を持つ弟(56歳)、そして家族として大切に飼っている犬と猫の計4匹。
月数千バーツの福祉手当で3人と動物4匹を養う
家族には主な収入源がない。ナタヤさん本人は過去に洋裁や料理販売で生計を立てていたが、経済の低迷で「市場には売り手しかいない、買い手がいない」という状況が続き、貯金を切り崩しながら最終的に廃業に至った。今は政府の福祉手当だけが頼り。具体的には、弟の障害者手当(月800バーツ)、叔母の障害手当+老齢手当(合計月1,800バーツ)、ナタヤさん自身の福祉カードなど。合計しても月数千バーツの規模で、3人の食費・薬代・電気代・犬猫の餌代をやりくりしている。
タイ助けタイプラス4,000バーツの権利を放棄
5月25日に登録が始まるタイ助けタイプラス(60/40)は、月最大1,000バーツの食料品・日用品購入補助を、政府60%・市民40%の負担割合で4か月にわたって受けられる仕組み。1人あたり総額4,000バーツの枠があり、ナタヤさん家族のような低所得世帯にとっては、米と日用品を買い溜めする貴重なチャンスのはずだった。ところがナタヤさんは「PaoTangアプリのインストールから本人確認、登録手続きの全部が分からない」「登録初日の混雑に間に合うように銀行や役所に通えない」と話し、結局権利の行使を諦めることにした。
「米だけでも買い溜めしたかった」が諦めるしかなかった
ナタヤさんは取材に対し「米だけでも買い溜めして、弟と叔母にちゃんと食べてもらいたかった」と本音をのぞかせた。しかし、61歳の自分がスマートフォンの操作に慣れず、本人確認の顔認証も何度試しても通らず、銀行の窓口に出向くにも家族の介護で長時間家を空けられない。経済的に最も給付を必要とする層が、デジタル登録の壁で給付を受けられないという、政策の典型的な「設計と現実の乖離」が浮き彫りになった形となる。
デジタルディバイドが「最も支援が必要な層」を切り捨てる構造
タイ助けタイプラス60/40はPaoTangアプリでの本人確認と店舗QRコード決済を前提に設計されている。これは詐取防止と運営コスト削減の両面で有効な仕組みだが、一方で(1)スマートフォンを持っていない高齢者、(2)古い機種でアプリが対応しない世帯、(3)顔認証が肌の色・照明・撮影位置の問題で通らない人、(4)読み書きや操作に支援が必要な世帯、といった層の手に届きにくい欠点を抱えている。本サイトでもナコンラチャシマ県の「ザ・モール」内クルンタイ銀行に長蛇の列ができた事案を伝えてきたが、その列に並べない、銀行に行くこと自体が物理的・心理的にハードルになる層は、登録初日にすら現れない。
地方の老々介護世帯への「個別アウトリーチ」が課題
タイの地方ではナタヤさん家族のように、61歳の女性が95歳の叔母と精神疾患の弟を介護する「老々+介護」の組み合わせが珍しくない。こうした世帯は経済的にも最弱層に該当する一方、政府給付の窓口にアクセスする力が最も乏しい。タイ助けタイプラスの登録初日にあたる5月25日、政府と地方自治体・社会開発機関に対しては、こうした世帯への戸別訪問・代理登録・専用窓口といった「アウトリーチ型」の支援設計が、政策効果を実現するうえで不可欠だと言える。