サムットプラカーン県のサイアム・オム・ノイ・ボクシングスタジアムで3月28日に行われたムエタイ試合で、タイ人ボクサーのスパチャイ・サクンウォン選手(リングネーム:パルハトノーイ・S. ソマイ)が試合前に薬物入りと疑われるエナジードリンクを飲まされたとみられる事件が明るみに出た。所属するAvatar PK Saenchai Muay Thaiジムが防犯カメラ映像とともに実名で告発し、警察が捜査に乗り出している。
ジム側がFacebookで公開した映像には、選手が控室でリングに上がる前に、同じチームの団員と思われる男からエナジードリンクのボトルを受け取る姿が記録されている。ドリンクを口にした後、選手は急激に体調を崩し、対戦相手のマンモス・S. サラチップ選手(ソ・サラチップ・キャンプ所属)に敗れた。
試合直後、スパチャイ選手は控室で止まらない排尿と極度の疲労に襲われた。診察した医療スタッフは腎不全のリスクがあると警告したが、幸い容体は翌日までに回復し、退院が認められた。ジムは「ただの体調不良ではなく、何かを盛られた可能性が高い」としてスタジアムと警察に届け出ていた。
警察は約1か月をかけて防犯カメラ映像を集め直し、4月下旬に決定的な映像を入手した。映像に映っていた団員の男は、当初「その日は選手に飲食物を渡していない」と否認していたが、画像と矛盾する内容だったため、改めて警察が取り調べのために呼び出す方針を示している。他の関係者の関与についても調査が続いている。
タイのムエタイは国民的なスポーツであると同時に、賭博と結びついた試合ごとの大口ベッティングが根付いてきた業界でもある。過去には試合前日の体調不良や、試合中の動きが不自然に鈍くなる「変動」がギャンブル目的の八百長ではないかと疑われた例が繰り返されてきた。
タイボクシング評議会や地方興行主会は、近年こそ公的な規律改革に取り組んでいるが、興行の多くは地方スタジアムで行われ、第三者による試合検証が行き届かないのが実情だ。選手が自陣の団員から渡されたドリンクを疑わずに飲んでしまう構造的な脆さが、今回の事件で改めて浮き彫りになった。
タイ在住の日本人でもムエタイを観戦したり、ムエタイジムに通う人は少なくない。リングの外側でも「チームメイトを信用する」という大前提が揺らいだ今回の事件は、スポーツ文化としてのムエタイにとって大きな試練であり、警察の結論次第では選手保護の仕組みづくりに一段と本気の改革が迫られることになる。