欧州連合(EU)が順次運用を広げている2つの環境規制が、タイの製造業と輸出産業に構造的な変化を迫り始めている。22日にタイ下院で気候変動管理の議題が取り上げられ、タイ党比例代表議員のトンターム・ウェーチャチャイ氏が「欧州向け輸出は品質だけでなく、どう作ったか・どれだけ炭素を出したかまで問われる時代に入った」と強調した。
一つ目の鍵はCBAM(国境炭素調整メカニズム)だ。EU域外から輸入される製品に対し、生産工程で排出された二酸化炭素量に応じた炭素コストを課す仕組みで、現時点の参照価格は1トンあたり約70ユーロで推移する。タイの鋼鉄産業がいまの生産工程のままCBAM本格運用に直面すると、EU向け輸出コストは1トンあたり5,000バーツ前後、上積みされる試算だ。炭素排出を抑えた競合国の鋼鉄は従来の価格で売れるため、タイ製品は相対的に値段の高い鋼鉄に位置付けられる可能性が高い。
もう一つの軸がEUDR(森林破壊ゼロ規則)だ。EU市場で売る商品は、原料生産からパッケージまで、森林破壊に加担していないことをサプライチェーン全体で証明しなければならない。対象はパームオイル、コーヒー、ゴム、カカオ、大豆、牛肉、木材と、タイの輸出ポートフォリオと重なる品目が並ぶ。
天然ゴムの例で言えば、輸出業者は1玉のゴムが「どの圃場」「GPS座標でどこ」「その土地がいつまで森林だったか」を遡って示す責任を負う。タイの天然ゴムは小規模農家が生産の大半を担っており、GPS計測もトレーサビリティ書類も持たない。証明コストはやがて上流の農家側にのしかかると見られる。
成長中のタイ産スペシャルティコーヒーも同じ構図だ。これまで「味と豆の素性」で評価されてきたプレミアム市場は、EUDR下では「農園から焙煎所まで記録された追跡性」が前提になる。中小ロースターや栽培家は、新しい記録システムをゼロから組まないと、欧州のバイヤーと取引を続けられなくなる。
トンターム議員は「問題は『知らない』ではなく『知っている度合いも、準備度合いも平等ではない』ことだ」と訴えた。大企業はコストと採算性の壁、SMEと農家は知識と資金と公的支援不足、という2層構造になっている。
同氏は政府に対して、カーボン削減目標の提示だけで終わらせず、国家規模のカーボンデータ基盤、クリーン技術投資の税優遇、政府調達を使ったグリーン製品市場の創出、移行資金の供給、そして国際交渉の場でタイが「ルールの受け手」から「ルール設計者」へ回る外交を求めた。
タイに現地法人や調達拠点を構える日本企業にとっても、この話は他人事ではない。日本本社の欧州向け輸出にタイ産中間材や農産物が組み込まれている場合、タイサプライヤー側のCBAM・EUDR対応は親会社の欧州出荷にも直結する。日本の商社・メーカーがタイのサプライヤー向けに炭素会計やトレーサビリティのサポートを急ぐ構図が、2026年以降はさらに現実味を帯びることになりそうだ。