タイ政府が500万人に生成AIの有料版を無償提供する「TH-AIパスポート」をめぐり、費用対効果や調達の透明性を問う批判が相次いでいる。16億バーツ(約78億円)規模の事業でありながら計画から調達完了までが約34日と短いことや、予算が国産AIではなく海外勢に流れるのではないかという懸念が、テック業界や野党から噴出している。野党・民主党のコーン・チャティカワーニット氏は5つの疑問を投げかけ、税金の使い道として割に合わず、方向性が間違っていると論じた。
何が批判されているのか
最も多く指摘されているのが、調達プロセスの速さである。16億バーツを投じ、12種類の生成AIを一つの基盤に束ねる事業でありながら、計画の始動から調達完了までが約34日とされる。これだけの規模と複雑さの事業を短期間で固めたことに対し、要件が特定の事業者に有利に設定されたのではないかという疑念が一部で出ている。野党・民主党副党首のコーン・チャティカワーニット氏はフェイスブックで5つの疑問を列挙し、税金の使い道として割に合わず、優先すべき投資先は他にあると主張した。
政府の反論「1人あたり年324バーツ」
これに対しデジタル経済社会省は、事業は法令にのっとって透明に進めており、検査にも応じられると反論している。500万人が新たにAIを使えるようになれば、タイのAI利用率は世界平均とされる16.3%を上回る23%程度に高まると説明する。費用は1人あたり年324バーツ、月にすればおよそ27バーツ(約130円)にとどまり、将来への投資として十分に見合うとの立場だ。世界に乗り遅れる前に国民全体の底上げを図る、という位置づけである。
国産AIか、海外勢への追い風か
もう一つの論点が、予算の行き先である。16億バーツの公費が、タイ国内のAIスタートアップの育成につながるのか、それとも海外の大手AI企業がタイ市場でシェアを広げる機会になるだけなのか。12種類のAIモデルを調達する設計上、有力な海外サービスが中心になる可能性が高く、テック業界からは国内産業への波及効果を疑問視する声が上がっている。利用者にとっては高機能なAIに無料で触れられる利点がある一方、産業政策としての狙いがどこまで実現するかは見通せていない。
登録は6月開始、評価はこれから
TH-AIパスポートの登録受付は6月中に始まる予定で、対象は15歳以上のタイ国民とされる。政策の当否は、実際にどのAIが提供され、500万人がどれだけ使いこなすか、そして調達の中身がどこまで開示されるかにかかっている。国民全体のAI底上げという理念と、巨額の公費投入への説明責任を、政府が両立できるかが問われている。