タイ政府が500万人に生成AIの有料版を無償提供する「TH-AIパスポート」をめぐり、16億バーツの予算が見合うのかという議論が続いている。だが、国民に無料でAIを配る試みはタイだけのものではない。地中海の島国マルタは、全国民を対象に有料版のChatGPTを無償で使えるようにする取り組みを始めた。各国の事例と比べると、タイの計画の立ち位置が見えてくる。
マルタ:講座を受ければ全国民にChatGPT Plus
最も踏み込んでいるのが、人口約55万人の島国マルタである。マルタはOpenAIと国家として提携し、「AI for All(みんなのためのAI)」と名づけた取り組みを2026年5月に始めた。国民や居住者は、政府のデジタルIDで登録したうえで、AIとは何か、何ができて何ができないか、家庭や職場でどう責任を持って使うかを学ぶ無料のオンライン講座を受ける。修了すると、有料版の「ChatGPT Plus」を12か月間、無料で使えるようになる。単に配るのではなく、使いこなす力を育ててから渡すという設計が特徴だ。
アイスランドや他の国の動き
ほかにも、AIを公共に取り込む国は増えている。アイスランドでは、AI企業アンソロピックが国内のすべての教師に対話型AI「Claude」を提供し、授業の準備や教材づくり、事務作業に役立ててもらう取り組みを進めている。学校への導入では、ギリシャが2025年9月にOpenAIと組んで中等学校やスタートアップにAIを広げる計画を発表し、英国も同年、アンソロピックと政府サービスでの活用に向けた覚書を交わした。一方で、AIの本場ともいえる米国には、国を挙げて市民に有料AIを無償提供する仕組みはなく、利用者は月20ドルほどを払って使っているのが実情だ。先進国が必ずしも先を行くわけではない点は興味深い。
タイのTH-AIパスポートはどう違うか
こうして見ると、タイのTH-AIパスポートは規模の大きさが際立つ。マルタの対象が全国民の約55万人なのに対し、タイは500万人分を見込み、提供するAIも特定の1サービスではなく12種類に及ぶ。野心的である一方、短期間での大型調達や、予算が海外勢に流れるのではないかという懸念も指摘されている。タイ政府は1人あたり年324バーツ、月にすればおよそ27バーツで割安だと強調するが、安く配れても実際に使われなければ意味はない。マルタが講座とセットにして利用の質を担保しているように、配って終わりにしないための工夫が、タイでも問われることになりそうだ。