タイ中部ナコンパトム県の美容整形クリニックで4月21日夜、オーストラリア在住のタイ系LGBTQ+インフルエンサー「クワン」ことティーラパット・プムマーさん(29)が鼻の整形手術を受けた直後に容体が急変し、翌22日未明に搬送先の病院で死亡する事故が起きた。証拠になるはずのクリニック内の防犯カメラは全て壁を向き、録画サーバーも行方不明になっていることから、警察と保健当局は組織的な証拠隠滅の可能性を疑って調べている。
クワンさんは母方の親戚がいるペッチャブーン県を訪れるため、ソンクラン休暇に合わせてオーストラリアから一時帰国していた。帰国のタイミングに合わせ、タイ国内で人気のある「肋軟骨(ろくなんこつ)を使った鼻整形」を希望し、ナコンパトムの整形外科クリニック1軒で施術を受ける予約を入れていた。料金は約15万バーツ(日本円で66万円前後)だった。
手術は21日午後5時に始まった。ところが午後8時ごろ、施術中にクワンさんの状態が急激に悪化。スタッフはその場でCPR(心肺蘇生)を5回繰り返し、気道確保のために挿管まで行ったが回復の兆しは見えず、午後8時40分ごろに救急車が要請された。家族側は「急変から病院搬送までに3時間以上かかっていた」として、処置の遅れを指摘している。
クワンさんは22日未明、搬送先の病院で低血圧と極度の酸素欠乏状態で到着し、手術後の死亡が確認された。初期の死因は脳への低酸素による損傷とそれに伴う多臓器不全とされており、正式な解剖は首都のシリラート病院で行われる予定だ。
捜査で浮上した不自然な点は多い。クリニック内の防犯カメラは全てレンズが壁側に向けられ、手術室を捉える位置にあったものも含めて撮影不能の状態だった。さらに録画データを保存するサーバー本体が、警察が到着した時点で現場から無くなっていた。クリニック側は「カメラは故障中で、サーバーは知らない」と説明しているが、家族と警察は受け入れていない。
ナコンパトム県の保健当局は22日中に立ち入り検査を行い、クリニックに対して7日間の営業停止命令を出した。クリニックは公式なコメントを出しておらず、「手術前に患者が薬物を使用していた」と主張しているという情報もあるが、家族は「クワンは海外で長く暮らし、検査も受けている。薬物使用はあり得ない」と強く否定している。
タイの美容整形は、アジアのハブと呼ばれる一方で、施設ごとの規制水準と安全管理がまちまちで、特に麻酔と鎮静の取り扱いで死亡事故が繰り返し報告されてきた。肋軟骨を使った鼻の高さ出しは難易度が高い施術で、全身麻酔と専門麻酔医の配置が本来欠かせない。
タイ駐在の日本人にも「日本より安い」として美容整形を目的に来タイする知り合いがいるケースは少なくない。今回の事件は、料金の高い低い以前に、施設の免許、麻酔医の有無、CCTVなどの記録残し体制、そして緊急搬送の実績を事前に確認する必要性を、もっとも悲しい形で突きつけるものになった。