タイのスラサク観光・スポーツ相が5月11日、現在93ヶ国の旅行者に認めている最長60日間のビザなし滞在制度を、30日に短縮する方針を表明した。同時に、ビザ免除対象国そのものを現在の93ヶ国から57ヶ国まで絞り込む案も浮上している。観光客を装って入国し、違法就労や闇ビジネスに従事する外国人が増えているのが直接の理由で、外務省と観光・スポーツ省が閣議提出に向けて詰めの作業に入った。
ビザ免除対象には日本も含まれており、決定すれば日本国籍の旅行者・短期出張者の滞在ルールが実質的に元に戻る形になる。すでに2024年7月に「30日→60日」と緩めた措置を、1年半足らずで巻き戻す異例の方向転換である。
5月11日に明らかになった内容
スラサク観光相の発表をNation Thailand・Khaosod English・タイ国内英字紙の報道で整理すると、現時点で固まっている方向性は次のとおり。
ビザ免除滞在期間は最大60日から30日へ短縮する。免除対象国は93ヶ国から57ヶ国へ絞る案が並行で検討されている。延長は従来どおりイミグレーションでの手続きで可能だが、初回入国時の滞在許可日数を短くする。閣議決定はまだ得られておらず、近く外務省が正式な提出を行う見通し、と各紙が伝えている。
施行日は明示されていない。タイの規制変更は閣議決定後、官報掲載と施行日指定があってから運用に入るのが通例で、早くても6月以降、ピークシーズン直前の10月までには切り替えたい、という温度感のようだ。
なぜ巻き戻すのか
タイ政府が公式に挙げているのは「観光客を装った外国人犯罪者・違法事業者の排除」。2024年7月のビザ免除拡大以降、プーケットやチェンマイ、バンコクで、外国人がタイ人名義を使った小規模事業(飲食店、ガイドツアー、レンタル業など)を運営する事例が目立ち、観光警察への通報も増えていたという。
調査の根拠としてスラサク観光相が引用したのは、タイ入国管理局が直近で実施した観光客の平均滞在日数の分析データ。長距離・短距離いずれの市場でも、外国人観光客の平均滞在は9日前後で、最長はノルウェー人の21日。実態として60日を使い切る純粋な観光客はほとんどいない、というのが30日でも十分という根拠になっている。
裏返せば、60日を使い切る層の多くは「観光以外の目的」の滞在者であり、ここを締めればグレーゾーンが減る、という理屈である。
53ヶ国除外案の中身
現時点で公式リストは公表されていないが、報道で名前が挙がっているのは、欧州小国や東欧圏で観光客流入が少ない国、国際組織がマネーロンダリング懸念で監視している国、タイ国内での違法就労摘発事例が多い国籍を中心に絞り込む方向だという。日本・韓国・中国・米国・英国・ドイツ・フランス・オーストラリアなど主要送客国は対象から外れる見通しが強い。
ただし副首相のパコーン氏を委員長とする検討委員会は、観光ビザだけでなく投資ビザ・学生ビザ・退職ビザを含む「全種類のビザ・滞在制度」を横断的に審査するとしていて、リタイアメントビザやエリートビザの条件も同時に見直しが入る可能性がある。長期滞在を前提にタイに移住している日本人にとっては、こちらの動きの方が影響が大きい場面もある。
日本人旅行者・在住者への実務的影響
タイ国籍ではない我々日本人にとって、今回の見直しは大きく3つの層に影響する。
第一は、年に数回タイに観光・出張で来る層。これまでビザなしで60日滞在できたのが30日に戻ると、例えば「3ヶ月のロングステイ的な滞在」「30日を超える長期出張」では、事前にビザ取得か、現地での延長申請が必要になる。延長手数料1,900バーツが従来より高頻度で発生する計算だ。
第二は、タイで短期業務やワーケーションをしている層。観光ビザ免除で入国して短期業務を回す働き方は元々グレーだが、滞在30日を超えるたびに国境を出てまた入国する「ビザラン」が頻発する。タイ・イミグレーションは近年、ビザラン目的の連続入国を非常に厳しく見ており、30日が前提になるとビザランの回数が増え、入国拒否のリスクも上がる。今後は素直にDTV(デジタルノマドビザ)や非移民Oビザを取る方が安全だ。
第三は、すでにタイにロングステイ・リタイアで住んでいる層。今回の60日→30日はあくまでビザ免除入国の話だが、検討委員会が「全ビザ種別の見直し」と明言している以上、リタイアメントビザの所得証明額引き上げや、エリートビザの審査厳格化が連動する可能性がある。年金収入の証明額が現在65,000バーツ/月だが、これを引き上げる議論はすでに出ている。
観光業界の反応
ホテル・航空業界からは反発の声も出ている。タイ観光協議会(TCT)関係者の談話として地元紙が伝えているのは、「30日への巻き戻しは、特に欧州・北米・中東のロングステイ客に影響する」という懸念。彼らは1回の渡航で40〜50日滞在し、ホテルやゴルフ、医療観光に多く支出するため、客単価が高い。
逆に短距離市場である中国・マレーシア・シンガポール・日本の旅行者は平均滞在日数が短いため、実害はそれほど大きくない、というのが業界の見立てだ。30日に短縮しても、(短距離客にとっては)実態としての影響はあまりないことになる。
タイ政府が「量から質への観光政策転換」を掲げてきたのは、ここ数年の一貫した路線。2024年の「60日に拡大」は中国市場の回復遅れを受けた緊急措置の色が濃く、客足が想定通り戻らなかったことに加え、闇ビジネス問題が表面化したため、当初想定より早く巻き戻すことになった、というのが正しい構図だろう。
確定情報と未確定情報
確定しているのは、観光・スポーツ省が60日→30日への短縮を方針として表明し、外務省が閣議提出の準備に入った、というところまで。
未確定なのは次の5点。
- 実際の閣議決定日
- 新制度の施行日
- 対象57ヶ国の正式リスト
- 既に60日でタイに滞在中の旅行者への経過措置
- リタイアメントビザ・エリートビザなど他種別への波及の有無
確定し次第このサイトでも続報する。短期で2回タイに来る予定がある人や、長期滞在を計画している人は、出発前にタイ大使館の最新情報を確認するのが現実的だ。

