タイ国営系石油会社バンチャク(Bangchak Corporation、BCP)が5月18日、持続可能な航空燃料(SAF=Sustainable Aviation Fuel)の商業生産を本格稼働させたと発表した。プラカノン精製所内に建設したタイ初のSAF専用生産施設で、廃食油(UCO=Used Cooking Oil)を主原料に日量100万リットル(年間約3億6,500万L)を生産する。5月19日にはタイ初の世界向けSAF輸出を実施予定で、グローバルバイヤーへ初船積みする。スワンナプーム空港・ドンムアン空港を発着する国際線の脱炭素化に直結する動きで、日系航空各社(JAL・ANA等)もSAFブレンド義務化の中でアジア調達拠点としてタイを視野に入れ始めている。
バンチャクが進めるSAF生産の全体像
バンチャクのSAF生産施設は、(a)プラカノン精製所内、(b)子会社BSGF(Bangchak Sustainable Green Fuel Co., Ltd.)が運営、(c)日量100万リットルの生産能力、(d)100%ニートSAF(添加物なしの純粋SAF)対応、というスペックを持つ。
国際持続可能性・炭素認証制度(ISCC=International Sustainability and Carbon Certification)の認証を取得しており、欧州連合(EU)の再生可能エネルギー指令(REDII)が要求する基準を満たす。この認証取得により、タイ製SAFはEU各国の航空会社にも販売可能だ。
5月19日に予定されているタイ初の世界向けSAF輸出は、グローバル石油・航空業界に対するタイの「SAFサプライヤー」としての地位確立の象徴となる出荷だ。
廃食油から航空燃料へ「Fry to Fly」キャンペーン
バンチャクが採用する原料は廃食油(UCO)。レストラン・家庭・産業の調理過程で発生する廃油を回収し、水素処理(HEFA=Hydroprocessed Esters and Fatty Acids)でジェット燃料に変換する技術だ。
回収システムは「Fry to Fly(揚げ物から空へ)」と名付けたキャンペーンで、全国290以上のバンチャクサービスステーション(ガソリンスタンド)で個人・店舗から廃食油を買い取っている。2025年末までに2,000局体制への拡大を目指している。
タイの飲食店密度はバンコク・パタヤ・プーケットで世界最高水準。廃食油の発生量も年間数十万トン規模と見られ、SAF原料としては潜在量が大きい。
これまで廃食油の多くは違法に下水へ流されるか、安価な家畜飼料原料として再利用されてきたが、SAF原料として高付加価値化が進んでいる。
100%ニートSAF生産はアジアでも先進的
SAF生産技術には、(a)100%ニートSAF(HEFAなど、添加物無しで航空燃料として使用可能)、(b)co-processing(従来のジェット燃料に少量混合)、の2方式がある。
バンチャクが採用する100%ニートSAFは、より高度な技術を要する代わりに、ブレンド義務率を満たす上で有利だ。
アジア地域の主要SAF生産国・予定国は次の通り。
- 日本: ENEOS(堺)、出光(千葉)、Cosmo(堺)が2025〜2026年からSAF生産開始予定
- シンガポール: Neste社のフィンランド資本SAF生産所が稼働中(世界最大級)
- 韓国: SK Innovation、GS Caltexが2026年からSAF生産予定
- 中国: 中国石油(CNPC)・中国石化(Sinopec)が複数の試験プラントを建設中
タイのバンチャクはこの中で「中規模だが商業生産を最も早く本格稼働」させたグループに位置付けられる。
なぜSAFが今、緊急の課題なのか
国際民間航空機関(ICAO)は、2050年までに航空業界のカーボンニュートラル達成を目標として設定している。
具体的な短期目標として、(a)2027年からCORSIA(カーボン・オフセット制度)の完全実施、(b)EU航空燃料規則(ReFuelEU Aviation)が2025年から段階的にSAFブレンド義務化、を発表している。
EU航空燃料規則の義務率は次の通り。
- 2025年: 2%
- 2030年: 6%
- 2035年: 20%
- 2050年: 70%
つまり、EU域内空港から離陸する航空便(タイ航空、JAL、ANA、ルフトハンザ等)は、ブレンド義務率を段階的に上げる必要がある。SAFの世界需要は急増しており、生産能力の確保が航空業界の最大課題となっている。
タイ政府のSAF政策
タイ政府も並行してSAF推進策を進めている。
エネルギー省は、(a)タイ国内の航空燃料に対するSAFブレンド義務化を2026年から段階的に導入、(b)タイ国内航空燃料規格にSAFブレンドを正式に追加、(c)輸出向けSAF生産企業への税制優遇、を検討中だ。
具体的な義務率や開始日はまだ最終決定されていないが、エネルギー省内部では「2026年から1〜2%程度のブレンド義務化」を視野に入れているとされる。
日系航空・物流業界への影響
日系航空各社(JAL・ANA・ピーチ)にとって、タイ製SAFはアジアの主要調達先候補となる。
第1に、地理的近さ。バンチャクのSAFはバンコク発着便にそのまま給油可能。
第2に、価格競争力。タイの廃食油調達コストは日本より低く、SAFの最終価格も低めに抑えられる見込み。
第3に、ISCC認証取得済みで、EU便・米国便ともにブレンド義務をクリアできる。
第4に、日本のSAF生産はENEOS等が2025年以降稼働だが、当面は供給量が限られる。タイのバンチャクは商業生産を早期に本格化させており、安定調達先として位置付けやすい。
物流企業(DHL・FedEx・ヤマト等)の貨物機にもSAF需要が広がっている。CO2排出削減を取引先(製造業・小売業)から求められる流れの中で、SAFブレンド貨物便の利用が増えている。
関連背景
タイ駐在の日本人にとっては、次の3つの形で関係が出てくる。
第1に、SAFブレンド義務化により、国際線運賃の上昇が予想される。SAFは従来のジェット燃料より2〜4倍高価なため、ブレンド率が上がるほどチケット価格に転嫁される。
第2に、家庭・レストランの廃食油を「Fry to Fly」プログラムに売却することで、ささやかな副収入になる。バンチャクSSで1リットル6〜8バーツ程度で買い取り中。
第3に、日系製造業(自動車・電子機器・食品)が「サプライチェーン全体のカーボンフットプリント削減」を求められる流れの中で、タイ拠点からの輸出にSAF利用が増える可能性。
タイの再エネ・脱炭素転換の象徴
バンチャクのSAF商業生産は、タイの石油メジャー2社(PTT、Bangchak)の脱炭素転換戦略の中核に位置付けられる。
PTT(タイ国営石油大手)はEV充電網・水素・バイオ燃料を、バンチャクはSAF・バイオディーゼル・廃食油エコシステムを軸に、再エネ・脱炭素事業へのシフトを進めている。
中東情勢による油価高騰、EU炭素国境調整メカニズム(CBAM)、グローバル脱炭素ルールの強化と、タイの石油業界は構造転換の真っ只中にある。バンチャクのSAF商業生産は、その転換の中で「タイが世界の脱炭素サプライチェーンに組み込まれる」一里塚と言える。



