アヌティン首相はタイとイランの間で、タイの石油タンカーがホルムズ海峡を安全に通行できる合意を取り付けたと発表した。2026年4月に入って複数の貨物船が拿捕・砲撃を受けるなど海峡の緊張が最高潮に達していた時期の外交成果だ。
合意の直接的な背景は2つの事件だ。まずイランがCOSCO(中国国有企業)系のタンカーを一時拿捕した。そしてタイの貨物船マユリー・ナーリー号がイランの砲撃を受け、機関室にいた技術者3人が死亡した。タイの石油輸入の約60%はペルシャ湾経由で、ホルムズ海峡の封鎖はエネルギー供給の生命線を断つに等しい危機だった。
アヌティン首相は「この合意によりタイのエネルギー供給が途切れることはない」と述べた。外務省を通じてイラン側と直接交渉し、タイ籍船舶の安全通航を確保したと説明した。国民の間で燃料危機への不安が高まっていた時期の発表だけに、政治的にも重要な意味を持つ。
ただし合意の実効性には疑問符がつく。イランはCOSCO(中国国有企業)のタンカーすら拿捕した実績があり、タイとの「合意」がどの程度の法的・実務的拘束力を持つかは不明だ。外務省もその後、合意の詳細内容を公式に明らかにしていない。首相が国内向けに成果をアピールする政治的文脈も否定できず、実際の安全は現場の状況次第という面がある。
タイの石油輸入の実態を見ると、依存度の高さが浮かび上がる。タイは石油のほぼ全量を輸入に頼っており、ペルシャ湾岸(アラブ首長国連邦・サウジアラビア・クウェート)からの調達が最大シェアだ。代替調達先としてロシア産・アフリカ産を検討しているが、インフラ・輸送コスト・製油所の対応能力の制約があり、短期での大規模代替は難しい。供給ルートの安全が確保されれば、原油調達コストに乗せられる戦争リスクプレミアムが低下し、国内燃料価格の上昇幅が抑えられる可能性がある。
今回の合意を契機に、タイ政府は石油の調達先多角化と戦略備蓄の積み増しも並行して進めている。ホルムズ海峡依存度を下げるという中長期の課題を、今回の危機が改めて浮き彫りにした形だ。