5月19日にタイ閣議が承認した新フリービザ54ヶ国リストから、インドが除外された。Thai Examinerは「インドが新外国人観光ビザ政策の最大の敗者」と分析。これまで60日無料滞在が認められていたインド国籍者は、新制度ではビザ・オン・アライバル(VOA)制度に逆戻りし、最大15日の滞在しか認められなくなる。
2025年のインドからの観光客数は200万〜248万人で、タイの送客国としては第2〜4位の規模。タイ観光庁(TAT)は2026年に255万人を目標としていたが、ビザ制度の急変で2割以上の落ち込みが避けられない見通し。タイ観光業界は早くも「業界危機」を訴え、政府支援を要請する声が広がっている。
なぜインドが除外されたか
タイ政府はインド除外の具体的理由を公表していないが、報道の文脈から複数の要因が浮かび上がる。
ひとつは「ノミニービジネス」問題。過去2年で、インド国籍者が観光ビザを使ってタイ国内で「タイ人名義の小規模事業の実質オーナー化」を展開する事例が急増している。プーケット・パタヤ・チェンマイで、インド人がタイ人名義のホテル、レストラン、宝石店、ガイドツアーを運営する構造が観光警察に複数報告されてきた。
もうひとつはビザ相互主義の問題。欧米諸国・日本・韓国・台湾はタイ国籍者の自国訪問に厳格なビザ要件を課しているが、それでもタイ側は60日免除を維持してきた。一方でインドはタイ人へのビザ要件(e-Visa等)を維持しており、相互主義から見て「タイだけが寛大」な構図だった。
さらに財政・移民監督コストのバランスも見直しの対象になった可能性がある。インド観光客200万人超の管理コストに対して、滞在中の支出規模はアジア新興国観光客の標準レベルにとどまり、コスト対効果が問われていた。
新ビザ制度下のインド国籍者
新制度施行後、インド国籍者がタイを訪問する場合の選択肢は次の通り。
- ビザ・オン・アライバル(VOA): 空港・国境ゲートでの取得、最大15日滞在、申請料2,000バーツ
- 観光ビザ(TR): 大使館・領事館で事前取得、最大60日滞在、申請料1,000バーツ前後
- e-Visa(電子ビザ): オンライン申請、最大60日滞在、申請料約1,200バーツ
- ノマド向けDestination Thailand Visa(DTV): 数年有効、複数回入国可
VOAは「フリービザ」ではなく、有料・短期間という違いがある。15日以内の短期観光なら大きな実害ではないが、ハネムーン・長期休暇・複数都市周遊を計画していたインド人観光客には大きな影響。
タイ観光業界の損失試算
タイ観光業界が懸念する具体的な数字。
2025年のインド観光客数は約200万〜248万人で、1人あたり平均消費額は約45,000バーツ(約20万円)。年間の対インド観光収入は約900億〜1,116億バーツ(約4,000〜5,000億円)規模。
2026年TAT目標の255万人達成を前提に、新制度下で2割減と仮定すると、約204万人にとどまる。年間収入で約230億バーツ(約1,000億円)の減少。特にプーケット、パタヤ、バンコク、チェンマイの宿泊・飲食・小売業がインド客比率の高い事業者を中心に影響を受ける。
タイ観光協議会(TCT)とホテル経営者協会は、5月19日の閣議承認直後から「インド市場縮小は観光業の二重苦」と警鐘を鳴らしている。すでに2026年5月17日時点で外国人到着者数は1,290万人、前年同期比-3.3%と減少局面にあり、追加のマイナス要因が乗る形になる。
タイ観光業界の「業界危機」声明
ホテル経営者協会、レストラン協会、観光ガイド協会、土産物店組合などが共同声明を5月19日午後に発表。
声明の主旨は3点に集約される。
- ビザ制度急変に伴う観光客減少への政府補償の要求
- 外国人観光客誘致策の代替プランの提示要求(対欧米マーケティング強化等)
- TDAC(Thailand Digital Arrival Card)システムの簡素化と多言語対応強化
特にプーケット・パタヤのリゾート関係者からは、「2025年下半期から客足が鈍化、今回の制度変更で2026年下半期はさらに厳しい」という具体的予測が出ている。
関連背景
タイで暮らす日本人駐在員にとって、インド観光客減少の影響はいくつかの側面で現れる。
スカイトレイン・地下鉄・タクシー・空港の混雑は、インド観光客分が減ることで多少の緩和が見込まれる。バンコク中心部のショッピングモール、ジムトンプソンハウス、ワット・ポー、ワット・アルンなどの定番観光地でも、インド団体客の減少で待ち時間が短縮される可能性。
逆に、インド食レストラン・インド系小売店・インド観光客向けガイドサービスを利用する駐在員には、サービス縮小のリスクがある。スクンビット11(リトル・インディア)、シーロム、サムイのインド人街エリアでは、商売の縮小が起きる可能性がある。
タイで働くインド人駐在員(IT、製薬、金融、製造業)とその家族には、ビザ制度変更が直接的な影響を与える可能性も。彼らの家族・友人がタイを訪問する際の手続きが煩雑になり、家族交流の頻度が下がる懸念。
まとめ
タイの新ビザ54ヶ国リストからのインド除外は、観光業界に年間1,000億円規模のマイナス影響を与える可能性が高い。インド市場の縮小はタイ観光業の構造的危機を加速する側面もあり、政府は欧米・中東・中国市場の強化と並行で、業界支援策を打ち出す必要に迫られている。日本人駐在員には混雑緩和という副次的メリットがある一方、観光業全体の縮小は経済・物価・サービス品質に長期的な影響を残す。

