タイ首相府副報道官のポラタレー・ラックサミーセーンチャン氏が5月18日、5月16日午後発生の「アソーク-ディンデーン列車・バス衝突事故」の負傷者に向けて、政府の医療保障制度UCEP(Universal Coverage for Emergency Patients)が適用されることを公式に確認した。最寄りの病院に搬送されれば、全国どこの病院でも費用負担なく、立て替えなしで救急治療が受けられる仕組み。最初の72時間または危機を脱するまでが対象で、その後は本来の保険制度に基づく病院に転送される。
UCEPはタイ独自の緊急時医療保障制度で、外国人観光客・駐在員も(条件を満たせば)利用できる。タイで暮らす日本人にも知っておくと、いざという時の安心材料になる仕組みだ。
UCEPとは何か
UCEP(タイ語: เจ็บป่วยฉุกเฉินวิกฤต มีสิทธิทุกที่)は、2017年4月にタイ厚生省が制度化した緊急時医療保障の仕組み。「危機的な緊急救急患者は、いつでもどこでも保険適用」が基本概念。
主なポイントは次の通り。
- 適用条件: 「生命に危険がある緊急救急事象」と医師が判断したケース
- 対象施設: タイ全国の公的・私的病院(政府指定済み)
- 期間: 最初の72時間または危機脱出まで
- 費用: 立替なし・本人負担なし(医療機関が国家健康保険事務局NHSOに直接請求)
- 適用者: タイ国籍者+特定条件を満たす在留外国人
この制度の本質は、「救急時に保険会社・救急車・病院との交渉で時間を浪費しない」ことを国が保証する点にある。緊急性が高いほど、保険手続きより治療を優先できる構造だ。
列車・バス事故への適用
5月16日、バンコク・アソーク-ディンデーン間の踏切で、タイ国鉄の貨物列車とBMTA路線バス206番が衝突、バスが炎上した事故では、死者8人・負傷者30人以上が出ている。
ポラタレー副報道官の発表は、この事故の負傷者・遺族に対して、「UCEP適用で全国全病院で72時間無料治療」を改めて確認するもの。負傷者が搬送先病院での費用心配なく治療に専念できるよう、政府の姿勢を明確にした格好だ。
転送先病院の調整は、国家健康保険事務局(NHSO、สปสช.)が担う。負傷者の本来の保険(社会保険・公務員保険・健康保険等)に応じて、72時間経過後の継続治療先が決まる。
関連背景
タイで働く日本人駐在員・在留外国人にとって、UCEPの適用可否は重要な実務情報。
結論から書くと、(タイ国籍者と同等の権利は持たないが)条件を満たせば適用される。
具体的にはワークパーミット保有者(就労ビザ・LTRビザ等の長期滞在者)、社会保険登録済みの労働者、タイの民間医療保険契約者、これらは医師の判断で「生命に危険がある緊急救急事象」と認定されればUCEPの保障を受けられる。
ただし、観光ビザ・短期滞在の外国人は原則として対象外。観光客は別途、海外旅行保険か、滞在国の医療費を全額自己負担する必要がある。
実務的には、駐在員は会社経由の民間医療保険(ブムルンラート、サミティヴェート、BNH等の指定病院対応)を契約している場合が多く、UCEPを使うシーンは限定的。だが、「観光地でのアクシデント、自宅近くの軽症事故等で病院に駆け込んだ時、UCEPで初期治療を受けられる」というセーフティネットは知っておく価値がある。
緊急時の連絡先と動き方
タイで緊急時に救急医療を受ける際の現実的な動き方を整理する。
最初に呼ぶべき番号は1669(救急医療派遣サービス、บริการการแพทย์ฉุกเฉิน)。タイ語が苦手な場合は英語対応のオペレーターを要求できる。1669は救急車を派遣し、最寄りの病院を判断する。
医療事故・交通事故の場合は191(警察)・199(消防)も同時に。バンコク中心部なら、サミティヴェート・スクンビット、ブムルンラート、BNHが日本人駐在員に対応経験豊富。地方なら県立病院・郡立病院が一次受け入れ先。
UCEP利用時は、病院到着後に「UCEP適用」を申告。医師が緊急性を判定し、認定されれば手続きが始まる。本人または家族の身分証明書を提示する必要があるが、立替金は不要。
制度の課題と現実
UCEPは制度として優れているが、運用面の課題も指摘される。
ひとつは医師判断の「緊急性」基準のバラつき。心筋梗塞・脳卒中・大量出血は明確だが、軽度の脳震盪・呼吸困難等の境界事例で判断が分かれることがある。
もうひとつは私的高級病院での適用範囲。ブムルンラート・サミティヴェート等の上位私立病院では、UCEPでカバーされない高級個室・追加サービスが多く、駐在員は実質的に民間保険でカバーされている方が安心、というのが現実だ。
そして外国人駐在員への周知不足も大きい。UCEPの存在を知らずに、すべて自費・保険立替で済ませている駐在員が一定数いる。会社の人事・保険担当に、UCEPの適用可否を一度確認しておくと心強い。