タイ社会開発・人間安全保障省(พม.)社会開発福祉局が、ホームレスや身寄りのない人を一般家庭が引き取って世話する「クロボクル・オパカ(ครอบครัวอุปการะ、里親家族)」プログラムを正式に開始した。副報道官のバットダーラットミー・トーンサルアイコーン氏が5月18日に発表。受入家庭には政府が月5,000バーツ/人の支援金を支給し、月1回の社会福祉ワーカー訪問・相談支援も組み合わせる。
タイ国内のホームレス問題は、コロナ後の経済停滞・物価上昇・家賃高騰で深刻化していた時期がある。2023年時点で約2,500人(全国推定)で、バンコク・チョンブリ・チェンマイ・コーンケン等に集中している。施設収容型の保護では限界があるため、家庭引き取り型の補助制度に踏み込む形だ。
制度の概要
タイ政府が公表しているクロボクル・オパカの仕組みを整理する。
- 対象: 身寄りがない・住居がない人(ホームレス、施設退所後の自立困難者等)
- 受入家庭: 一般のタイ国民の家庭
- 政府支援: 月5,000バーツ/人(受入家庭への報酬)
- サポート: 社会福祉ワーカーが月1回家庭訪問、相談・指導
- 申込み窓口: バンコク行政区/各県の社会開発・人間安全保障局
- 相談: 24時間ダイヤル 1300
受入家庭の必要条件は次の通り。
- 20歳以上のタイ国籍者
- 健康状態が良好(感染症なし)
- 行動が適切で、暴力傾向なし
- 居住スペース・ケアの準備あり
- 継続的に時間を投入できる
- 社会福祉ワーカーの定期訪問を受け入れる
タイのホームレス問題の現状
タイ国内のホームレス統計は、社会開発・人間安全保障省が定期的に公表している。
2016年: 1,307人 → 2018年: 2,720人 → 2020年: 3,534人 → 2023年: 2,499人。コロナ禍直後にピークを迎え、2023年には減少傾向に転じている。減少要因は、(政府の保護施設拡充)、(地方自治体の支援強化)、(コロナ後の経済回復)、が組み合わさったもの。
主な属性は、40〜59歳が56.8%、独居率が74.1%。地域別の上位7県は、バンコク・チョンブリ・チェンマイ・コーンケン・カンチャナブリ・ナコンラチャシマー・ソンクラーの順。
特に注目すべきは「新規ホームレス(発生から2年以内)」が全体の39%を占めること。早期介入で家族・社会への復帰を促せる層が多いため、施設収容より家庭引き取りの方が効果的、という政策的判断が、今回のクロボクル・オパカに繋がっている。
日本の里親制度との違い
日本にも「里親制度」が存在するが、対象は主に未成年(児童相談所が措置)。今回のタイの制度は、(対象として)成人ホームレス・身寄りなし高齢者・施設退所自立困難者を含むのが特徴。
報酬面でも違いがある。日本の里親手当は児童1人月額9万円前後で、生活費別途。タイは月5,000バーツ(約23,000円)のみで、生活費は受入家庭の負担(政府は一定範囲で支援)。
タイの制度は、施設収容コストの代替として「家庭での社会復帰支援」を狙う、コスト効率重視の政策設計。日本の制度は児童の安定した養育環境の提供が主目的で、両者の前提が異なる。
タイ社会の福祉制度の文脈
タイの社会福祉制度は、近年大きな改革局面を迎えている。
既存のセーフティネットには、国民健康保険制度(UCEP/30バーツ医療制度)、高齢者手当(月600-1,000バーツ、年齢別)、障害者手当(月800バーツ)、児童手当(月600バーツ、6歳未満)などがある。
今回のクロボクル・オパカは、これらの既存制度の隙間に落ちる「身寄りのない・住居のない・既存制度の対象外」の層を、家庭ベースで保護する仕組み。北欧型の福祉国家を目指すというよりは、社会全体での「相互扶助文化」をテコにした、タイらしいハイブリッド型の制度設計と言える。
関連背景
在タイ日本人駐在員家庭が、この制度を直接利用する場面は限定的(タイ国籍要件のため)。
ただし、CSR・寄付活動の文脈で関わる場面はある。日系企業が現地で社会貢献活動を展開する場合、ホームレス保護の枠組み、社会開発・人間安全保障省との連携、地域コミュニティへの寄付など、活動の受け皿が新たに増えた格好だ。
タイ人配偶者・家族がいる家庭で、家族の中にケアが必要な高齢者・社会復帰段階の親族がいる場合、政府の支援対象になる可能性は確認しておく価値がある。1300ダイヤルで相談すれば、具体的な制度適用の可否が分かる。
文化的視点では、タイの家族・コミュニティが「血縁を超えて引き取る」伝統と、近代的な福祉制度が融合した形の事例として、興味深い社会観察対象。日本人駐在員が長期的にタイを理解するうえで、押さえておきたい制度の一つだ。
まとめ
タイの里親家族(クロボクル・オパカ)制度は、ホームレス・身寄りなし層への家庭ベース保護プログラム。受入家庭への月5,000バーツ支援+社会福祉ワーカー訪問で、施設収容に頼らない社会復帰モデルを構築する狙い。在タイ日本人にとっては、CSR連携・タイ社会理解の観点で押さえておきたい政策事例。