タイ・ウドンタニ県の軍営に入隊してわずか18日の徴兵兵士2人が、5月19日、ホームシックに耐えられず軍営を脱走。実家のあるノンカイ県へ帰ろうとして、ナコンラチャシマー県ノンスン町で女性所有のベスパ(Vespa Justin Bieber x Vespa 150 Special、18万1,900バーツ、約83万円)を盗み、走り去ったところを警察に身柄確保された。さらに尿検査では2人とも覚醒剤陽性(紫色反応)。逮捕は副捜査官ウドンチョーク・シンハクンシリ氏らノンスン警察支署のチームが実施した。
タイの徴兵制度は毎年4月の「徴兵くじ」(สลากกินรวบทหาร、シャイアプックタハーン)で兵士が選ばれる年中行事で、入隊した若者の中には軍営生活に馴染めず脱走するケースが時々発生する。ただ今回は、入隊18日目という早さ、18万バーツのベスパを盗んで実家へ向かう発想、そして尿検査の覚醒剤陽性まで揃った三重のカオスで、タイのSNS上でも話題になっている。
事件の経緯
タイ警察ノンスン警察支署の発表によると、事件の流れは次の通り。
5/19の朝、徴兵兵士2人がウドンタニ県の軍営から脱走。バスを乗り継いでノンカイ県の実家へ帰る計画だった。
ナコンラチャシマー県ノンスン町でバス待ちの時間が長く、業を煮やした2人は近くの民家前に停められていた女性所有のベスパ(Justin Bieber x Vespa 150 Special、灰色、ナンバー「2 กฆ」、価格18万1,900バーツ)を無断で借りて出発。
被害者の女性が盗難に気付き警察に通報。警察は監視カメラと目撃情報から2人を特定し、ノンカイ県への幹線道路で身柄を確保。
逮捕されたのは、プラトハーン・ヴィーラサック氏(通称ヴィー、22歳)とプラトハーン・チャイワット氏(通称オーム、20歳)。所属はウドンタニ県の軍営(具体名は捜査機密)。
「後で返すつもりだった」言い訳と覚醒剤陽性
警察の取り調べに対して2人は、「バスを長く待ち続けて疲れ、たまたま目に入ったベスパを"借りた"。後で返すつもりだった」と弁解した。
ただし、警察が現場で実施した尿検査で、2人とも紫色の反応(覚醒剤陽性)を示した。タイの薬物検査では、(目印として)紫色=覚醒剤/メタンフェタミン陽性、青色=大麻陽性、緑色=ヘロイン陽性、と色分けされる。今回の2人は明確にメタンフェタミン使用が確認された。
軍営での薬物使用は厳格に禁じられているが、徴兵兵士の中には精神的ストレスから薬物に手を出すケースが時折報告される。今回の脱走も、薬物使用が判断力を歪めた結果という可能性が高い。
タイの徴兵制度の現状
タイは21歳以上の男性に対する徴兵制度(เกณฑ์ทหาร、ゲン・タハーン)を維持している珍しい国の一つ。
毎年4月、各郡(อำเภอ)で行われる徴兵くじ抽選で、対象年齢の男性が黒札(免除)または赤札(入隊)を引く。赤札を引いた人は4月後半から入隊し、2年間の兵役に就く。徴兵される割合は地域・年により異なるが、平均的に対象者の15-25%程度。
近年は、軍営内のいじめ・体罰・薬物使用・ホームシックによる自殺・脱走事案がSNSで可視化されるようになり、徴兵制度自体の見直し議論も活発化している。徴兵兵士の月給は10,000バーツ前後で、衣食住は軍営持ち。だが軍営の規律と隔離環境は、特に若年層には精神的負担が大きい。
今後の処分
2人の徴兵兵士は次の罪状で起訴される見込み。
- 軍規違反: 無断脱走、軍法会議で2-5年の懲役
- 窃盗罪: 18万バーツのベスパ盗難、3-10年の懲役+罰金
- 麻薬法違反: 覚醒剤所持・使用、5-10年の懲役+罰金
軍と一般刑事司法の両方で処分されるため、合計で10年以上の実刑となる可能性が高い。本人たちの「ホームシック」「後で返すつもり」という弁解は、量刑減軽の要素として考慮される可能性はあるが、覚醒剤陽性が決定的に重い。
押収されたベスパは被害者の女性に返還される予定。
関連背景
タイで暮らす日本人駐在員家庭にとって、徴兵制度関連の事案は文化理解の観点で押さえておきたい話。
毎年4月の徴兵くじの時期は、タイ人スタッフ・ドライバー・家政婦の家族(息子・甥)が「赤札を引いた」場合、突然2年間出勤できなくなる、という実務的影響が出ることがある。事前にチームメンバーの家庭事情を把握しておくと、人員配置の調整がスムーズになる。
また、タイ人スタッフの中に元徴兵兵士がいる場合、軍隊時代のストレスや薬物経験が後年の体調・行動に影響することがある。雇用前の健康診断・身元保証だけでなく、メンタルヘルスへの配慮も含めた人事管理が、長期的なチーム維持には有効だ。
子育て中の駐在員家庭は、日本人男性は徴兵の対象外で安心だが、タイ国籍を持つ子供(タイ人配偶者との間の子)がタイで成人すると徴兵対象になる。タイ国籍と日本国籍の二重国籍を持つ子の場合、徴兵を回避する選択肢として、大学・大学院在学中の延期、社会奉仕活動(ROTC類似)の参加、タイ国籍からの離脱、これらを早めに検討する家庭もある。
まとめ
ウドンタニ徴兵兵士2人のベスパ盗難+覚醒剤陽性事件は、タイの徴兵制度の構造課題が表面化した一例。ホームシックという一見ささやかな動機が、薬物使用と犯罪に直結する若年層のメンタルヘルス問題を示している。在タイ日本人にとっても、徴兵制度・若年層支援・タイ人雇用管理の観点で、現代タイ社会の一断面として記憶しておく価値がある。
