タイ閣議が5月19日、国家人権委員会(NHRC)の提案を受け、教育省基本教育委員会(สพฐ.、OBEC)所属の学校に対して、「学費・諸経費が未払いの生徒にも、卒業証書・成績証明書を発行する」よう義務化する方針を承認した。副報道官のバットダーラットミー・トーンサルアイコーン氏が公表した。閣議は教育省に30日以内に具体的な実施方策を検討・報告するよう指示している。
タイの公立校では、生徒の学費・教材費・給食費の未払いを理由に、卒業証書を渡さない事例が散見されてきた。この慣行のせいで、貧困層の子供が次の学年・上位学校への進学手続きで「証書未提出」を理由に阻害される、という構造問題が長年指摘されていた。
国家人権委員会の指摘
タイの国家人権委員会は、過去数年にわたり、公立校での「学費未払い→卒業証書不発行→進学阻害」の連鎖を「子供の教育権侵害」と認定してきた。
タイ憲法と、タイが批准している国連子どもの権利条約は、すべての子供に「教育を受ける権利」を保障している。学費が払えないという経済的理由で、生徒の教育の連続性が断ち切られるのは、両者に違反する状態。
NHRCは2025年から複数回、教育省に「卒業証書発行の経済的条件付け」を改善するよう勧告。今回の閣議承認は、その勧告が政府レベルで正式に受け入れられたタイミングだ。
「Thailand Zero Dropout」政策との連動
副報道官のバットダーラットミー氏は「Thailand Zero Dropout(タイ・ゼロ脱落者)」政策の文脈で、今回の決定を位置づけている。
Thailand Zero Dropoutは、タイ教育省が2025年に打ち出した教育包摂政策。「教育システムから脱落する子供をゼロにする」が目標。2024年時点でタイ国内の脱落者(義務教育で正規学籍を持たない児童・生徒)は推定100万人いたが、政策実施で2026年4月時点で約60万人まで減少した。
今回の閣議決定は、この政策の構造的な障壁の一つだった「学費未払いで証書を発行しない」慣行を、政府として禁止する方向への一歩。残る40万人の脱落者を確実に減らすための、制度的な後押しになる。
教育省の30日以内検討
閣議は教育省に対して、次の検討・回答を30日以内に求めている。
- 学費未払い生徒への証書発行の運用ガイドライン策定
- 学校・教員の負担軽減策(未払い分の自治体・国による補填)
- 督促・回収のための代替手段(分割払い・支援基金)
- 不正利用防止策(意図的な未払いへの対応)
- 私立校・地方校への適用範囲の検討
教育省内部では「学費未払いを放置すると、学校運営に支障が出る」という意見と、「子供の教育権を経済理由で阻害してはいけない」という意見が対立してきた。今回の閣議決定で、後者が政府として確定された格好だ。
タイの公立校学費の実情
タイの公立校(義務教育9年)は、法律上「無償」とされている。教科書・制服・通学費・学級活動費等は別途。
実際の家計負担は、おおよそ次のような内訳になる。
- 制服・運動着の年間購入費: 1,500〜3,000バーツ
- 教科書代: 1,000〜2,000バーツ
- 給食費: 月300〜600バーツ
- 学級活動費・遠足代: 年1,000〜3,000バーツ
- 父母会費: 年500〜1,500バーツ
合計で年間1万バーツ前後。最低賃金月12,000バーツ程度の家計には、決して軽い負担ではない。
地方部の貧困家庭、(離婚・死別等の)単親家庭、(タイ語ネイティブでない)少数民族・移民の家庭で、特に未払いが起きやすい。
関連背景
在タイ日本人駐在員家庭がこの政策の直接的な影響を受ける場面は少ない。バンコク日本人学校(JSB)・インターナショナル校(ISB、NIST、Patana等)は私立で、今回の対象外。
ただし、CSR・寄付活動の文脈で関わる場面はある。日系企業のCSRプログラムで、タイ国内の公立校支援(教材寄付・学習支援・奨学金)を行っている事例は多く、今回の政策で「学費未払いの子供」への支援需要がより明確化される。タイ国内のCSR担当者は、教育省・自治体の運用ガイドラインに合わせた支援設計を検討する余地がある。
タイ人配偶者・子供がいる家庭で、タイの公立校に通っている子供がいる場合、今後は学費未払いで証書が出ないリスクは減る。家計の中で学校関連費の優先度を再考する余地もある。
まとめ
タイ閣議のThailand Zero Dropout政策強化は、貧困層の子供の権保護を政府として明確化した重要な決定。教育省の30日以内検討の結果次第で、運用ガイドラインの具体性が固まる。在タイ日本人家庭への直接影響は限定的だが、CSR・タイ社会理解の観点で押さえておくべき政策の一つだ。