タイ国鉄労働組合(สร.รฟท.、SRT Labour Union)が5月18日午後に声明を発表し、運輸省鉄道局(DRT)が5月17日に発言した「マカサン事故の運転士は新運転免許未取得で違法運転していた、運転停止命令を出した」との主張に対して反論した。SRT労組の主張は、(a)当該運転士は2568年(2025年)施行の鉄道運輸法の経過措置(บทเฉพาะกาล)による保護下、(b)DRTの新運転免許発行を正規に待つ状態、(c)「無資格・違法運転」ではない、(d)ブレーキ制動距離は200m程度との解説。世論が「運転士の無資格運転」一方向に傾いていた中、組織側からの法的観点での反論が出た格好。ただしSRT労組の声明は、運転士の薬物使用陽性・運転室離席・制服未着・髪型変更等の他の規律違反には触れていない。
SRT労組声明—DRT発言への反論
SRT労組の5月18日声明の論点は次の通り。
第1に、悲しみの表明。事故の犠牲者と負傷者の家族に対する哀悼を述べた。
第2に、DRT発言への反論。鉄道局DRT長官が5月17日にメディアに「運転士は運転免許未取得・運転停止命令」と発表したが、これは「文脈・事実関係の説明不足で誤解を招いた」と批判。
第3に、法的観点での説明。当該運転士は、(a)鉄道運輸法2568年(2025年)施行による経過措置で保護されている、(b)DRTの新運転免許申請を正規に提出済み、(c)発行を待つ状態に過ぎない、(d)「無資格・違法運転」とは異なる。
第4に、社会への呼びかけ。SRTの全運転士が「無資格で違法運転している」という誤解を広めないでほしい。
第5に、業務の品位保護。SRT職員の業務品位を保護し、社会の正しい理解を求める。
鉄道運輸法2568年の経過措置とは
タイの鉄道運輸法は、2025年3月27日に施行された新法で、列車運転士の免許発行権限を、(a)それまでのSRT自社発行から、(b)第三者監督機関である運輸省鉄道局(DRT)の発行に移管した。
この移管に伴い、(i)既存のSRT運転士は新法施行時に旧SRT免許を保有していた、(ii)新法ではDRT免許への切り替えが必要、(iii)切り替え期間中の業務継続を許可する「経過措置」が法律に組み込まれた、という構造。
経過措置の主旨は、(a)制度移行による現場混乱を避ける、(b)旧免許保有者の既得権を保護、(c)DRTの審査・発行業務の処理時間を考慮、にある。
SRT労組の主張: 当該運転士のスヤムポーン氏も、この経過措置の保護対象。SRTがDRTに名簿を提出済みで、新免許の発行を待つ状態だった。「無資格運転」とは法的に異なる。
DRT側の立場と矛盾
DRT長官の5月17日発言は、(a)運転士が「新免許未取得」、(b)「運転停止命令」を出した、という内容。
DRT側の論理:
- 新法施行後、運転士は「新免許」を取得する必要がある
- 当該運転士は新免許を取得していない
- したがって、新法上は「無資格」
SRT労組側の論理:
- 経過措置で旧免許保有者は業務継続可能
- 当該運転士は経過措置の保護対象
- 新免許申請中で、発行待ち
両者の主張は、経過措置の解釈で対立している。法律家の判断が必要な状況。
ブレーキ制動距離は200m
SRT労組はさらに、ブラックボックス分析で「衝突地点僅か100m手前で緊急ブレーキ」とされた件について、技術的な反論を示した。
第1に、貨物列車のブレーキ制動距離は、通常500-600mとされてきた(SRT発表値)。
第2に、しかしSRT労組の試算では、(a)積載量、(b)速度、(c)気象条件、(d)線路状況、を考慮すると、200m程度で停止可能なケースもある。
第3に、当該事故時のブラックボックス記録(100m手前で緊急ブレーキ)は、必ずしも「致命的に遅い」とは言えない可能性。
第4に、「ブレーキタイミングが運転士の致命的過失」との見方は、技術的に再検討が必要。
ただし、これは「ブレーキ距離200mで止まれた可能性」を主張するものではなく、「100m手前のブレーキでも事故回避できなかった原因は別にある」という解釈の余地を示すもの。
SRT労組が触れない点
SRT労組の声明は、運転士の以下の規律違反には言及していない。
第1に、薬物検査でヤーバ(覚醒剤)+大麻が陽性。
第2に、運転士本人が「ヤーバ・大麻の常習使用、最近の使用は10日前」と告白。
第3に、2019年(2562年)の薬物使用前科。
第4に、規定の制服未着用(私服姿)。
第5に、監視カメラで運転室離席が確認。
第6に、警察出頭前に病院ベッドで散髪。
これらは、(a)個人の規律違反、(b)組織の見逃し、(c)管理体制の構造的問題、として警察庁・運輸省・DRTが追及している重大事項。SRT労組は「免許発行の法的問題」では反論する一方、これらの本質的な規律違反については沈黙している。
SRT組織のジレンマ
SRT労組の声明は、組織防衛とジャーナリスト批判の間で、難しい立ち位置にある。
第1に、組織防衛の必要性。SRT全運転士(数千人規模)が「無資格運転」と誤解されることへの反発。
第2に、被害者家族・国民への配慮。事故の重大性を軽視している印象を避ける必要。
第3に、警察捜査への協力義務。組織として、個人運転士の規律違反を擁護しすぎると共犯と見られる。
第4に、労組としての立場。組合員の権利・尊厳を守る義務。
これらのバランスを取る形で、(i)免許の法的問題で反論、(ii)他の規律違反には触れず、(iii)犠牲者への哀悼を冒頭に置く、という構成の声明となった。
5月20日のSRT総裁調査完了報告
5月20日のSRT総裁(または代理総裁)による調査完了報告に向けて、複数の論点が積み上がっている。
第1に、運転士の規律違反の全容。
第2に、SRT管理体制の問題。
第3に、運転免許の法的解釈(経過措置 vs 新免許未取得)。
第4に、踏切バリア担当者の対応遅れ。
第5に、バス運転手の踏切上停車違反。
第6に、警察庁主導の「踏切再構築」国家計画。
これらが整理された報告が出されることで、(i)被害者対応の方針、(ii)関係者の処分、(iii)組織改革の方向性、が明確になる見込み。
関連背景
タイ駐在員家庭にとって、今回のSRT労組反論は次の意味を持つ。
第1に、タイの組織文化の理解。労働組合が個人組合員の権利保護を強く主張する姿勢は、日系企業のタイ法人運営でも参考になる。
第2に、情報の偏り回避。事故報道は当初「運転士の規律違反」一辺倒だったが、組織側の法的立場も理解することで、より中立的な判断が可能。
第3に、鉄道運輸法の運用への注意。新法施行に伴う経過措置の解釈は、他の業界(航空・自動車・物流)の規制変更時にも参考。
第4に、エアポートレールリンク・BTS・MRT等の他鉄道事業者への波及。SRTの組織問題が他事業者にも飛び火する可能性。
今後の動き
5月20日の調査完了報告までの注目点:
第1に、警察庁の捜査進展。機関助手の証言、CCTV映像分析、SRT組織責任。
第2に、運輸省・DRTの対応。経過措置の解釈と新法運用の整合性。
第3に、被害者対応。補償交渉、UCEP無料医療制度の活用、心理ケア。
第4に、SRT総裁・幹部の責任追及。
第5に、踏切再構築計画の具体化。





