パタヤ近郊の高級住宅街で5月11日、中国人3人が「ゾンビ電子タバコ」と呼ばれる薬物入り電子タバコの密造工場を経営していたとして、タイ経済犯罪取締警察(ปอศ・CCIB)に摘発された。押収品の総額は約4,000万バーツ(約1億8,400万円)超。在タイ日本人駐在員も多く住むエリアでの摘発で、表面上はごく普通の住宅街に違法工場が紛れていた手口は、近隣住民の防犯意識にも問題を投げかけている。
高い壁とCCTVに守られた「ステルス工場」
摘発があったのはチョンブリ県バンランムン郡ノンプリ町、パタヤ中心部から北に15キロほどの住宅地である。現場となったのは約400㎡(100平方ワー)の2階建て一軒家。外周は高い壁と感電防止ワイヤーで囲まれ、CCTVも備えられていた。外観は周囲の高級住宅と区別がつかない造りだった。
しかし2階全体は化学物質の製造台や混合機器、電子タバコのノズルが大量に並ぶ実験室に改造されていた。CCIBが押収した装置と原料の合計額は4,000万バーツ(約1億8,400万円)を超え、主成分はメタンフェタミンを含む合成薬物だった。製品はタイ国内だけでなく、中国や東南アジア各国への輸出も視野に入っていたとされる。
「ゾンビ電子タバコ」とは何か
ゾンビ電子タバコ(บุหรี่ไฟฟ้าซอมบี้・Zombie Vape)は、通常の電子タバコにメタンフェタミン・MDMA・合成カンナビノイドなどの違法薬物を混入したものだ。吸引すると無感覚状態に陥ることから「ゾンビ」の名が付いた。
2024年以降タイで急速に拡散し、特に若年層やパーティー文化の中で広がっている。見た目は通常の電子タバコと区別がつかず、依存性が高い上に致死量に達するリスクもある。タイ社会で新たな薬物問題として深刻視されている所以だ。
「ジーンテーオ」と呼ばれる中国人犯罪組織
タイでは中国人が関与する組織犯罪を「ジーンテーオ(จีนเทา・グレーチャイニーズ)」と呼ぶ。パタヤ、バンコク、チェンマイなど観光地に拠点を持ち、違法カジノ、薬物、電子タバコ製造、人身売買などを手がける。数千人規模に膨らんでいるとされ、タイと中国の外交問題にも発展している。
タイ警察は2025年から取り締まりを強化し、2026年は「中国人犯罪一掃作戦」として捜査を全国に広げている。今回のCCIBによる摘発もこの流れの一環だ。
なぜノンプリ町が狙われたか
ノンプリ町は近年、住宅地として急速に開発が進むエリアだ。外国人駐在員や観光客の居住地として知られ、高級コンドミニアムや一軒家が密集している。一方で警察のパトロールは手薄で、各家庭の監視カメラ・防犯設備のばらつきも大きい。
つまり、外から見て不審な動きが目立ちにくく、隣家に踏み込まれる心配も少ない。本来は住人の安全のために設置される高い壁や感電防止ワイヤーが、犯罪グループにとっては「絶好の隠れ蓑」になっていた。
取り締まり強化が続くタイの電子タバコ規制
タイでは2014年から電子タバコの製造・販売・輸入・所持が全面的に禁止されている。罰則は懲役最大10年、罰金最高50万バーツ。ゾンビ電子タバコのように薬物を含む場合はさらに厳罰となる。
政府は首相府の直接指示で「電子タバコ全面取締」を進め、国家警察の特別作戦に加え、税関・国境管理の強化、学校での啓発、SNSの監視、中国・ベトナム警察との国際協力にも踏み込んでいる。今回逮捕された3人は、電子タバコ製造罪に加えて薬物関連罪、越境組織犯罪、違法滞在、税関違反などの容疑が重なるため、最大で懲役20年超と罰金数百万バーツに及ぶ可能性がある。
関連背景
電子タバコの所持は観光客でも駐在員でも違法だ。空港での持ち込み時点で摘発される事例もある。とくに今回のように薬物入り製品が出回っている状況では、出所不明な電子タバコは絶対に手にしない方がいい。
子どもがいる家庭は、SNSや学校で広がるゾンビ電子タバコのリスクを家族内で共有しておきたい。住宅の防犯設備が「外から見えない造り」になっていることが、必ずしも安全を意味しないことも今回の事件は示した。緊急時の連絡先は警察が191、CCIBが1599だ。

