タイ・ブリーラム県バーンクワット郡で5月10日、カエル採取に出かけた村民2人(アピラック・ブットペット63歳、プラユーン・ブンカム59歳)がカンボジア軍兵士10数人と遭遇、威嚇射撃1発を浴びせられて4時間かけて森から逃走するという事件があり、5月11日にタイ陸軍報道官が「地元村民との誤解だった」と謝罪する一方、当事者2人は「カンボジア兵だと確信している」と主張を譲らない異常事態となっている。陸軍の警備強化指示と、村民の主張のずれが象徴する、タイ・カンボジア国境地帯の現実が浮き彫りになった。
事件の経緯は次の通り。5月10日、サイトー1ウタイ村住民のアピラックさんとサイトー2住民のプラユーンさんが、地元の「ブター・プム」山頂、村裏のダム尻地点にカエル(タイ語:อึ่ง/オウン、田畑のカエル)を探しに出かけた。標高地で集中している「マエンポーン基地(フン・สกอร์ピオン基地)」と呼ばれるタイ主権地域に達したところで、銃器を携行したカンボジア軍兵士10数人と鉢合わせ。両村民は地元の地形に精通しており、ジャングルに飛び込んで逃走を開始したが、カンボジア兵が威嚇射撃1発を森に向けて発砲したという。
逃走には4時間以上を要した。村民2人は森を抜けてサイトーの村に戻り、軍と警察に通報。当初は事件として処理される予定だった。ところが5月11日午前、タイ陸軍報道官が公式声明を発表し、「これは事実ではない。村民が遭遇したのはタイ国民でクメール語を話していた人物であり、威嚇射撃も行われていない」と全面否定した。
村民側はこの陸軍の声明に強く反発。「私たちが見たのは紛れもなくカンボジア軍兵士で、装備も明らかに違う」「軍の威嚇射撃の音は私たち2人が直接聞いた」と主張を譲らない。「以前から信頼してきた陸軍報道官が、現場の証言を無視してこのような発表をするのは、村民を孤立させてカンボジア兵と一人で戦わせるのと同じだ」と憤りを露わにした。
事態を受けて、陸軍は午後になって追加対応を発表。陸軍報道官は「謝罪する。陸軍報道官として誤解を生んだ部分について申し訳ない」と謝意を表明し、(1)国境地帯の警備強化、(2)パトロール頻度の引き上げ、を即座に指示した。陸軍の声明変更は午前と午後で内容が大きく異なるため、現場の混乱と組織内の意見対立を示すものとなっている。
タイ・カンボジア国境問題の構造的背景は複雑だ。同地域ではブリーラムのカエル取り住民『カンボジア兵で間違いない』元軍曹が訛り判別など類似事件が連続しており、(A)国境線の不明確さ、(B)カンボジア軍の越境疑惑、(C)クメール語話者のタイ国民との識別困難、などが組み合わさって、村民の安全リスクとなっている。
タイ陸軍が「ฐานแมงป่อง(マエンポーン/さそり基地)」と呼ぶ拠点はタイ主権地域に位置する重要警備地点だが、地形的にはカンボジア国境から至近距離。地元村民の生活圏とも重なるため、武装勢力との不期な遭遇が起きやすい構造にある。今回の事件は、陸軍の「誤解論」と村民の「カンボジア兵確認論」のどちらが正しいかにかかわらず、国境警備の隙が認識されたケースとなる。
タイ在住の日本人駐在員家族にとっては、ブリーラム・スリン・シーサケート・ウボンラチャタニーなどタイ・カンボジア国境地帯への観光・滞在では、(1)国境近くの森林・農地への単独行は避ける、(2)地元住民の警告に必ず従う、(3)夜間・早朝の活動を控える、などの基本的な安全策が改めて重要となる。タイ国軍が国境警備を強化する文脈で、観光客が「うっかり」立入禁止区域に入ってしまうリスクも考慮すべきだ。