タイのデジタル経済社会省(DE)副相ナーン・ブンティダー氏が5月11日、2026 FIFAワールドカップの無料視聴について「現時点でタイ国民が無料で観戦できるかは答えられない」と発言した。アヌティン・チャーンウィラクン首相が「歴代政権同様に無料視聴を維持する」と公約していたが、副相の発言は政府内の温度差を示す。背景には、国家放送通信委員会(NBTC)が2025年に「Must Have」リスト(フットボールワールドカップ・オリンピック等7大会の無料放送義務化)からW杯を除外した経緯があり、放送権獲得の主体が「政府機関なのか民間企業なのか」も決まっていない状態。残り2か月を切った中、放送権料の高騰は世界共通の問題と認めつつも、タイの方針は曖昧なままだ。
ナーン副相の発言は5月11日18時10分、首相府前での記者団取材で行われた。「W杯放送権料はかなり高額で、これに直面しているのはタイだけではなく、ほぼ全ての国が頭を抱えている」と国際的な状況を強調。タイ政府が予算をどこから捻出するかを含めて交渉次第と説明し、(A)政府機関が主体になるか、(B)民間企業が主体になるか、についても「まだ決まっていない」と明言した。
問題の根源はNBTCの「Must Have」リスト改定にある。タイ国家放送通信委員会(NBTC)はW杯・オリンピックを含む7大会の国家的スポーツイベントを「Must Have」リストに指定し、フリーチャンネルでの無料放送を義務化していた。しかし2025年に同リストからW杯が除外されたため、放送権を民間企業が高額で買い取ってサブスクリプションで提供することが法的に可能になった。これが「放送権料の負担をどう分担するか」という構造的問題を生んでいる。
時間的制約も厳しい。W杯開幕は6月11日、残り1か月を切るタイミングでの放送権交渉は、FIFA代理店にとってタイの足元を見やすい局面。半年〜1年前に決まる通常の契約サイクルから完全に外れており、ナーン副相の「今残された時間で誰が交渉に動くか、どう採算を合わせるか」という発言は、政府内の混乱を示すものだ。
副相の「保証できない」発言は、5月11日朝にアヌティン首相が示した『歴代政権同様に無料視聴維持』方針と内容的に矛盾する。首相は政治的に「観られないW杯はあり得ない」と公約したが、副相は「予算の現実」を述べたという構図。5月12日の閣議で(1)放送権獲得方針、(2)財源スキーム、(3)放送局選定、が議論されるが、政府内の合意形成自体が課題となる。
過去の前例は2022年カタール大会だ。当時もタイは直前まで放送権を確保できず、最終的にタイ・スポーツ庁(SAT)がFIFAと約3,300万ドル(約49億円)の駆け込み契約を成立させた。財源はNBTCと民間のTrue Corpで分担。今回も同様のパターンが必要となるが、True Corpの参画意思・採算性が読めない状況にある。放送権料が高騰している現状では、True Corpも「採算が合わない」と判断する可能性があり、その場合は政府主導での予算捻出が必要となる。
タイのサッカー熱は東南アジアで突出している。タイ代表自体はW杯本戦に未だ出場経験がないが、テレビ視聴文化は深く根付いており、2022年カタール大会の視聴率は高い水準を記録した。2026年大会は米国・カナダ・メキシコ共催で時差大きく夜中の試合が多くなるが、それでもタイ国民の視聴需要は強い。「W杯が観られない」事態は政治的に避けねばならない。
タイ在住の日本人駐在員家族にとっては、放送形態の決定を引き続き注視したい。5月12日の閣議結果次第で、(1)タイ地上波・OTTで全試合無料視聴可、(2)一部試合のみ、(3)有料サブスク必須、のどのシナリオになるかが分かれる。日本代表戦・決勝・準決勝など主要試合の扱いが特に重要で、副相の「保証できない」発言は最悪シナリオ(タイ地上波での視聴困難)の可能性を高めた。バックアップとしてVPN経由の日本放送視聴、DAZN国際版などの契約も検討すべきタイミングだ。