タイの民主党(ปชป.)副党首コーン・チャティクワニッチ氏と国民党(ปชน.)党首ナッタポン・ルアンパニャーウット氏が5月11日、ソポン・サラムイ国会議長に対して、政府の4000億バーツ緊急借入勅令(พ.ร.ก. กู้เงิน 4 แสนล้านบาท)を憲法裁判所に違憲審査要請するよう正式に申請した。野党側は「同勅令は憲法172条の『緊急かつ避けられない必要性』要件を満たさない」と主張し、エネルギー政策・古車交換新車計画などの平常時政策を緊急勅令で進めるのは「白紙小切手」だと批判。5月14日の議会承認前に提出する駆け込み戦略となる。
野党側の論点は5点に集約される。(1)4000億バーツ規模の支出は通常の予算編成プロセスで対応可能、(2)エネルギー政策・古車交換新車プログラムは何年も準備されてきた政策で「緊急性」がない、(3)借入勅令への政策埋め込みは「サンサイ(สอดไส้)=白紙小切手」、(4)財政規律の破壊、(5)議会承認なしの政府予算濫用は憲法172条違反。
憲法172条は緊急勅令(พ.ร.ก.)の発行条件を厳格に定めている。具体的には、(A)緊急かつ避けられない必要性、(B)国家安全保障・経済安全への重大影響、を満たす場合のみ内閣の議決で勅令を発行可能。通常の予算編成では時間が不足する場合の例外措置と位置付けられる。野党は「現在のエネルギー価格・自動車市場は数年前から議論されてきた政策で、緊急性は明らかにない」と論じる。
時間的制約も特徴的だ。5月14日に予定される議会承認前に違憲審査を求める駆け込み提出となるため、5月11-12日に国会議長への提出、5月12日中の憲法裁判所送付、が必要。憲法裁判所の判断次第では、(i)勅令そのものが無効、(ii)議会承認が事実上不可能、(iii)政府の経済刺激策が全面凍結、というシナリオも視野に入る。
4000億バーツ予算の使途は政府にとって戦略的だ。(A)電気代高騰対策・再エネ転換4000億B借入、(B)古車交換新車プログラム、(C)燃料補助金維持、などに割り当てる予定。野党のチャレンジが認められれば、アヌティン政権の経済政策全体が大きな打撃を受ける。
政府側の対抗論は、「電気代高騰・燃料補助金切れ・自動車製造業の競争力低下は実体経済の緊急事態であり、通常予算プロセスでは間に合わない」というもの。実際、消費者保護局がEV苦情1348件・103M B賠償請求公表など産業の急速な転換期に直面しており、緊急対応の必要性は一定の説得力を持つ。
タイ政治の構造的緊張も背景にある。アヌティン首相はフリービザ全カテゴリの整理・全国ノミニースキャンなど強い政治的アジェンダを進行中で、野党の違憲審査申請は政権への政治攻勢の側面も持つ。タイ憲法裁判所の歴史的判断パターンを見ると、政府勅令に対する違憲認定例は稀で、「形式的な緊急性要件」が認められる可能性が高い。
タイ在住の日本人駐在員家族にとっては、本件の帰趨が複数の経済政策に直接影響する。(1)電気代補助・燃料補助の継続性、(2)EV購入時の補助金、(3)自動車製造業の操業安定性、(4)一般物価への影響、すべてが4000億バーツ予算の執行可能性に依存する。憲法裁判所の判断が出るまで、(A)大型の車・家電購入のタイミングを慎重に判断、(B)電気代の予期しない値上げに備えた支出計画、(C)為替リスクを含む短期的なバーツ安定性、を意識すべきだ。