タイのアヌティン・チャーンウィラクン首相が5月13日にスラタニ県パンガン島を視察し、同時に全国規模で外国人ノミニー(株式名義借り)の一掃を指示することが、政府報道官ラチャダ・タナディレク氏の5月11日発表で明らかになった。先行する5月10日のプーケット視察に続く第2弾で、観光地の経済安全保障に直結する課題として首相自らが先頭に立つ方針を示した。背景には、パンガン島・サムイ島の企業16,811社の67.97%(11,426社)が外国人関与企業という実態調査がある。
政府報道官の発表によれば、アヌティン首相は「ノミニー問題は企業登録の問題ではなく経済安全保障の問題」と位置づけ、(1)有力者の取り締まり、(2)公共用地への侵害防止、(3)タイ人雇用の保護、(4)法律の抜け穴利用への厳格な対処、(5)全国スキャン実施、の5点を骨子として指示した。
実態調査の数字は衝撃的だ。パンガン島では4,761社のうち3,213社(67.49%)が外国人出資企業、サムイ島では12,050社のうち8,213社(68.16%)が同様の状態。2島合計で16,811社のうち11,426社が外国人関与で、これは「タイ人主導の経済」が観光地の中核で空洞化している現実を示している。タイ国法上は外国人持株比率49%以下が原則で、それ以上は特別ライセンスが必要となるが、タイ人の名義借り(ノミニー)を使った迂回が常態化している。
5月13日の現地視察では、具体的な企業の検査・摘発が行われる見通し。タイ国では既にサムイ・パンガン島で外国人ノミニー疑い7,000社・1人で87社株主の異常事例が報じられ、スラタニ知事7か月で外国人摘発2,603件・パンガン島イスラエル人居住1,000件など摘発が継続してきたが、首相自らの視察は政策の優先度を一段上げる宣言となる。
タイの政治状況も無視できない文脈だ。5月10日のプーケット視察ではアヌティン首相がフリーダム海岸とバンタオ海岸を見て回ったが、PSCプーケット議員から「フリーダム海岸視察を避けて影響力者を恐れた」と批判を浴びていた。今回のパンガン島視察と全国ノミニースキャン指示は、その批判への政治的反応とも読み取れる。
経済安全保障の論理は明快だ。観光業は2026年第1四半期で外国人観光客が前年比-7%・パッタヤホテル稼働率が60-70%→30-40%に急落するなど苦境にあり、フリービザ60→30日短縮や中国人武器庫事件など、観光業界への規制強化が連続している。ノミニー摘発は「外国人不正経営の排除」「タイ人の雇用機会奪還」を可視化する政策手段として、政府にとって戦略的価値が高い。
タイ在住の日本人駐在員家族や個人事業主にとっては、慎重な情報収集が必要な政策動向だ。日本人がタイで合法的に経営する企業は、(1)外国人事業法に基づくBOI認可企業、(2)アメリカ企業条約に基づく米資本企業、(3)外国人持株49%以下の通常企業、(4)駐在員事務所、などのカテゴリで成立しており、ノミニー問題とは無関係であるべきだ。ただし、(a)タイ人配偶者や友人の名義を借りて土地・コンドミニアム取得、(b)タイ人名義の小規模事業を実質運営、などのグレーゾーンを抱える日本人がいた場合、今後の摘発対象となるリスクは認識しておきたい。