タイのライドシェア大手Boltが5月11日、安全対策4本柱を発表し、タイ国内での事業継続を改めて表明した。背景には、Boltドライバーが父親名義のアカウントで登録(なりすまし)して14歳の少女を乗車させ、少女が走行中の車から飛び降りて負傷する事件があり、タイ政府がBoltの事業免許更新拒否を示唆していた経緯がある。4対策の中核は(1)AI顔認証技術によるドライバー本人確認、(2)顔認証チェック頻度の引き上げ、(3)乗車開始前の本人確認義務化、(4)AIによる運転行動監視。Boltの現行事業免許は2026年5月31日に失効するため、それまでに監督官庁ETDA(電子取引開発庁)の要件を満たさないと、タイ国内でのサービス停止リスクがある。
事件の経緯は深刻だ。Boltドライバーがアカウントを父親のID情報で登録(息子が実際の運転者だが、登録上は父親)し、14歳の少女を乗車させた。走行中に少女が危険を察知して飛び降り脱出を試み、負傷する事態となった。タイ社会は「ライドシェアの本人確認の脆弱性」を改めて認識し、政府機関ETDAは緊急的にデジタルプラットフォーム全体への本人確認強化を命令した。
タイ政府の対応は段階的だ。デジタル経済社会省(DES)はライドシェア事業者向けの新しい法律を起草中で、運営違反への直接的な行政処分を可能にする枠組みを目指している。陸上輸送局(DLT)は90日の猶予期間を設定し、Boltに「ID詐欺問題の解決」を要求。この期限内にBoltが達成できなければ、(1)事業免許の更新拒否、(2)サービス停止、(3)罰金、というオプションが議論されている。
Bolt側の対策内容は具体的だ。第1の柱「AI顔認証」は、ドライバーが乗車開始時にセルフィー撮影で本人確認する仕組み。第2の柱「ランダムチェック頻度引き上げ」は、業務中の任意タイミングでドライバーに再認証を求める。第3の柱「乗車前確認義務」は、毎回の乗車開始前に必ず登録ドライバーとの一致を確認。第4の柱「AI行動監視」は、運転中の不審な行動(急ブレーキ多発、危険運転、ルート逸脱)をAIが検知してアラートを発する。
Boltのタイ市場でのポジションは大きい。Grabに次ぐ第2位のライドシェアプラットフォームで、特にバンコク・パタヤ・チェンマイ・プーケットの主要都市部では日常的に利用される。サービス停止となれば、(A)通勤・通学の足を失う数百万のタイ国民、(B)副業として登録しているドライバー数万人、(C)コスト効率重視で利用していた外国人駐在員、すべてに影響が波及する。同時にGrabへの一極集中で運賃高騰リスクも生まれる。
タイのライドシェア業界は構造的な「本人確認問題」を抱えている。複数のドライバーが1つのアカウントを共有、家族名義での登録、運転免許との不一致など、規制の網をすり抜ける手法が横行してきた。今回のBolt事件は氷山の一角で、Grabも同様の問題を抱えているとみられる。ETDAの本人確認強化命令は、業界全体への規制波及の出発点となる可能性が高い。
タイ在住の日本人駐在員家族にとっては、Boltの安全対策強化は基本的に歓迎すべき動きだ。これまで「Boltは安いが、ドライバーの質と本人確認に不安がある」というイメージがあったが、AI顔認証の本格運用で改善が見込まれる。一方で、サービス停止の万が一に備えて、(1)Grabのアプリも常時インストール、(2)緊急時のタクシー会社(直接呼び出し)の連絡先を確保、(3)地下鉄・BTSの利用ルート把握、などのバックアップを整えておくと安心だ。子供の送迎にライドシェアを使う家庭は、本人確認強化が完全実装されるまで、可能な限り信頼できる送迎サービスを優先することが推奨される。