アヌティン・チャーンウィラクン首相は2026年3月24日午後4時40分、プームジャイタイ党本部での会見で「ディーゼル価格はもう人為的に固定しない。市場のメカニズムに委ねる」と宣言した。石油基金(石油価格安定基金)による人為的な価格抑制を事実上放棄する重大な方針転換だ。
発言の背景と意味
中東の地政学的緊張が高まる中、世界の原油・燃料相場が急騰し、タイ国内でもディーゼルの仕入れコストが急上昇していた。政府はこれまで石油基金を使ってリットルあたりのディーゼル価格を抑制してきたが、基金の枯渇が現実の問題となっていた。
アヌティン首相は「需要と供給のバランスが最も重要だ」と述べ、人為的な価格操作よりも市場の自動調整機能を信頼する立場を示した。同時に「国民がパニック買いをしているため、1日の消費量が通常の2,000万リットルから4,000万リットルに膨らんでいる。パニックを止めれば自然に需給は安定する」とも強調した。
エネルギー事務次官との矛盾
この発言は、同じ日の朝にエネルギー省の事務次官が「33バーツをできるだけ長く維持する」と発言した直後のものだった。首相と担当省の見解が食い違う形となり、政権内のコミュニケーション不足を示す結果となった。
翌日には副首相兼財務相のエクニティ氏が「市場メカニズムに委ねるべき」と首相を支持する発言を行い、政府内の見解が首相発言に収れんしていった。
石油基金の仕組み
タイの石油価格安定基金は、国際油価が高い時期に消費者を守るために価格差を補填する制度だ。逆に油価が低い時期には基金にお金が積み立てられる。しかし2020年代以降の原油高が続く中、基金の財政は慢性的な赤字状態に陥っており、2025年末の残高は約1,000億バーツの負債を抱えていたとされる。
この基金は日本の石油価格抑制補助金制度と構造が似ており、価格安定の効果がある一方で、財政負担と市場歪曲のトレードオフが常に課題となる。
生活への影響
市場原理に委ねると宣言した時点では、ディーゼル価格は33バーツ前後だった。その後の国際相場の推移によっては、さらに上昇する可能性もあった。農業・漁業・輸送業などディーゼルを直接消費する業種への打撃が最も大きく、コストが食料品価格に転嫁される形で一般消費者にも波及した。
タイのディーゼル依存度は高く、乗用車の約40%、商用車の95%以上がディーゼル車だ。日本と比べると1リットルあたりの依存度がはるかに高く、燃料価格の変動が生活コスト全体に与える影響はより直接的だ。