毎年乾季になると、タイの大気汚染がニュースになる。しかしバンコクとチェンマイでは、汚染の原因がまったく違う。
2026年3月、チェンマイはIQAirの世界ランキングで1位となり、PM2.5がWHO基準の27倍を記録した。一方バンコクでも2025年1月にPM2.5が108μg/m³に達し、世界で4番目に空気の悪い都市にランクされている。
同じタイでありながら、なぜ2つの都市がそれぞれ別の形で深刻な汚染に見舞われるのか。
バンコク — 排気ガス・建設粉塵・都市構造
バンコクの大気汚染は、都市型の複合汚染だ。
タイ政府の報告では、バンコクのPM2.5の約6割が自動車の排気ガスに起因する。特にディーゼル車からの排出が大きく、バンコクの車両登録全体の約27%がディーゼル車だ。朝夕のラッシュ時には渋滞と相まってPM2.5濃度が急上昇する。
これに加えて、建設工事の粉塵がある。バンコクでは高層コンドミニアムの建設、地下鉄の延伸、インフラ整備が続いており、工事現場から大量の粉塵が発生している。バンコク都は260か所以上の汚染度の高い工場を特定し、基準を満たさない場合は稼働停止させる措置を取っている。
そして見落とされがちなのが、北部の野焼きの煙がバンコクまで流入するケースだ。風向きによっては、チェンマイ周辺で発生した煙が数百キロ離れたバンコクにまで到達する。さらに高層ビルが風の通り道を遮るため、流入した汚染物質が都心部に滞留しやすい。
チェンマイ — 農地の焼却・盆地地形・越境ヘイズ
チェンマイの汚染は、バンコクとはまったく異なる構造だ。
農地の焼却と農家の債務サイクル
最大の発生源は、トウモロコシ・サトウキビ・コメの収穫後に行われる農地の焼却。チェンマイ大学の研究によれば、煙害シーズンのPM2.5のおよそ51%が農業由来のバイオマス燃焼に起因する。
タイ北部では農地の33%がトウモロコシ栽培に使われており、その約80%が家畜飼料用だ。全国生産量は年間約550万トンで、北部に40〜50%が集中している。収穫後の茎や葉を焼却するのは、傾斜地では機械が入れず、人手を雇う費用も捻出できないためだ。
The Borgen Projectの調査によれば、タイ北部のトウモロコシ農家の多くは収穫の利益だけでは翌年の種子と肥料を賄えず、毎年ローンを組む。収量が落ちてもコストは上がり、借金を返すためにまた作付けし、焼畑で整地する。政府の「ゼロバーニング政策」が繰り返し失敗するのは、農家に経済的な代替手段がないからだ。
米国産トウモロコシの流入という新たな圧力
2025年11月、タイ政府は米国との関税交渉の一環として、米国産飼料用トウモロコシの輸入枠を年間5.47万トン(関税20%)から100万トン(関税ゼロ)へ大幅に拡大した。2026年2月から適用されている。
タイの農業者団体は正式に反対を表明。安価な米国産トウモロコシが大量に入ることで国内価格が下落し、もともと利幅の薄い小規模農家の収益がさらに圧迫される。焼却に代わる機械処理への投資余力はいっそうなくなる。大気汚染の背景には、こうした国際貿易の力学も絡んでいる。
盆地地形が煙を閉じ込める
チェンマイはドイステープ山(標高1,676m)をはじめとする山々に囲まれた盆地に位置している。乾季には「逆転層」と呼ばれる気象現象が発生し、上空に暖かい空気の層ができて地表の汚染物質に蓋をする。
同じ量の焼却が平野部で行われた場合と比べ、チェンマイでは汚染物質が何倍にも濃縮される。タイ気象局も、風が弱すぎて粒子状物質を拡散できないことが悪化要因だと説明している。
越境ヘイズ — タイだけでは解決できない
NASAの衛星データでは、2026年4月にタイ国内で1日5,083地点、ミャンマーで7,605地点のホットスポットが確認されている。ミャンマーのシャン州やラオス北部でも飼料用トウモロコシの契約栽培が拡大しており、焼却の煙が国境を越えてタイ北部に流入する。
タイ政府が自国内で野焼きを禁止しても、隣国の煙は止められない。ASEANの越境ヘイズ汚染協定は存在するが、実効的な執行メカニズムがなく、形骸化している。
共通する要因:乾季の無降雨
バンコクもチェンマイも、汚染が深刻化する根本条件は共通している。乾季に雨が降らないことだ。
雨はPM2.5を洗い流す最も効果的な浄化メカニズムだが、11月〜4月はそれが機能しない。エルニーニョ現象が発生する年は乾燥がさらに強まり、汚染が一段と深刻化する。チェンマイでは毎年4月中旬のソンクラーン前後に最初の雨が降ると空気は急速に回復する。
対策の現在地 — 市民が法律を書いた
タイ政府はゼロバーニング政策、衛星によるホットスポット監視、工場や建設現場の排出規制を進めている。2025年9月にはバンコクと北部4県が「汚染管理区域」に指定され、緊急権限の行使が可能になった。
注目すべきは市民主導の動きだ。Thailand Clean Air Network(タイCAN)は市民が起草した「大気浄化法案」を国会に提出し、24,000人以上の署名を集めた。この法案は「汚染者負担の原則」に基づき、越境ヘイズの原因企業にも罰則を科す条項を含む。ASEANの越境ヘイズ協定が形骸化する中、国内法で歯止めをかけようとする画期的な試みだ。2025年1月には下院で309票の賛成多数で可決された。
農業分野では、大手飼料企業が焼畑農地からの原料調達を停止する方針を打ち出し、トレーサビリティシステムの導入が始まっている。また「FiRED」と呼ばれるアプリが開発され、農家が焼却の適切なタイミング(風向き・気象条件)を判断できるようになっている。
タイ渡航・在住の方へ
タイの大気汚染は年間を通じた問題ではない。時期と場所を知っておけば、対策は十分に可能だ。
汚染が深刻な時期
- バンコク:12月〜2月が最も悪化しやすい
- チェンマイ:2月末〜4月中旬がピーク
ベストシーズン
- バンコク:6月〜10月(雨季だがPM2.5は低い)
- チェンマイ:11月〜2月上旬(涼しく空気も澄んでいる)
対策
- IQAirまたはAir4Thai(タイ公害防止局の公式アプリ)でAQIをリアルタイム確認
- PM2.5対応マスク(N95以上)を日本から持参。布マスクではPM2.5は防げない
- 屋内に空気清浄機があるホテル・住居を選ぶ
- AQIが200を超える日は屋外活動を控える
煙害シーズンを避ければ、タイは東南アジアで最も過ごしやすい国のひとつだ。

