バンコクの映画館で2時間21分、ずっと泣いてた。隣のタイ人の女の子も泣いてた。反対側のおじさんも泣いてた。エンドロールが流れ始めても、誰も席を立たなかった。ハンカチ1枚じゃ足りない。これからこの映画を観に行く人は、ハンカチを2枚持って行ってください。マスカラはやめておくこと。
公開されたばかりのタイ映画『ゴハン โกฮัง..หัวใจโกโฮม』。タイ国内では2026年4月2日封切りで、初週末だけで興行収入3000万バーツ(約1億3000万円)を稼ぎ、同時期に上映していたハリウッド大作『スーパーマリオ・ギャラクシー・ムービー』を抜いてタイ国内1位に立った。GDH 559の最新作で、前作『おばあちゃんが死ぬ前に億万長者になる方法』が世界興行100億円を超えた次の一手。期待しないわけがなくて、開幕日に映画館に駆け込んだ。
『ゴハン』とは: 白い野良犬と3人の飼い主が織りなす10年
主人公は犬。タイのどこにでもいるバーンケーン犬という雑種で、ピンクの鼻が特徴の白い子犬がコンビニの前で生まれる。この子犬を、定年間近の日本人エンジニアのヒロが拾う。ヒロが日本語で「ゴハン」と名付ける。物語の核がこの命名にある。日本語の「ご飯」がそのまま犬の名前になり、タイ語の駄洒落としても「おうちに帰る心(หัวใจโกโฮม)」と韻を踏む二重構造になっている。
ゴハンは10年の間に3人の飼い主を渡り歩く。日本人エンジニアのヒロ(北島やすし)、ミャンマー出身でバンコクの家庭で家政婦として働くナムチャー(ポー・マミ・ター)、そしてタイ人の美大生(タンタワン・タンティウェッチャクン)。脇役には『おばあちゃんが死ぬ前に億万長者になる方法』で主役を張ったジンジェット・ワッタナーシンや、テレビドラマで知られるチャートチャイ・チンスリー、ノッパン・ブンヤイらが集まり、GDH 559の俳優陣が総動員されている。
3監督が時代を分担: 子犬期・成犬期・老犬期で見えるバンコク
3部構成の各パートを、タイ映画界のトップクラス3人が分担した。
子犬期を撮ったのはチャヤノップ・ブンプラコープ。GDHの初期作『SuckSeed 〜俺たちバンドだろ?〜』『May Who?』で、青春の柔らかさを描いた監督だ。成犬期を担当するのがバズ(ナッタウット)・プーンピリヤ。アジア中をひっくり返した『バッド・ジーニアス(Bad Genius)』、そして『One for the Road』を手掛けた人物。最後に老犬期を撮ったのがアッタ・ヘムワディー。GDH内で監督昇格した若手で、本作が大きなお披露目になる。
3人の作風が時代ごとに切り替わる構造は、犬の一生をなぞる映画として非常に効果的に機能する。子犬期は色彩が柔らかくて笑える。成犬期はバズらしい人物造形が深まり、人間関係の複雑さが前に出る。老犬期は最も静かで、一番泣けた。
公開週末3000万バーツ、カンヌ正式出品で世界配給も決定
『ゴハン』は2025年5月の第78回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアを果たし、その後ベルリン国際映画祭のEuropean Film Market(EFM)でプロモーション映像が披露された。販売は東南アジア・東アジアで先行決定、ラテンアメリカへの配給も合意済み。さらに東欧、オーストラリア、ニュージーランド、インド、北米、スペインからオファーが来ており、英語圏配給も視野に入っている。
タイ国内では公開週末で3000万バーツの興行収入を計上し、ハリウッド大作の『スーパーマリオ・ギャラクシー・ムービー』を抜いて1位を獲得。マレーシアでは2026年5月21日にゴールデン・スクリーン・シネマズ(GSC)で公開予定、フィリピンでも同時期の公開が報じられている。
タイの野良犬85万頭という現実: 日本の犬映画とは違う
正直、最初は「犬の映画でしょ、泣かせに来るやつでしょ」と思っていた。日本にも『HACHI』とか『犬と私の10の約束』とかある。
でも全然違った。
『ゴハン』は野良犬として生まれて野良犬として生きる。タイには推定85万から100万頭の野良犬がいて、バンコクだけで10万から30万頭。コンビニの前、お寺の境内、ソイの奥。タイに住んでいれば毎日見る光景がそのまま映画のスタート地点になっている。
日本で野良犬を見ることはほぼない。でもタイでは「その辺にいる犬」と人間の距離感が独特で、ご飯をあげる人もいれば蹴る人もいる。映画はその曖昧さをそのまま描いていて、それがリアルで胸に来る。バーンケーン犬という地犬のキャラクターを愛らしく描きつつ、彼らを取り巻く社会の冷たさも逃げずに見せる。
もう一つ重要なのが、飼い主が日本人エンジニア・ミャンマー人家政婦・タイ人大学生という設定だ。これは現代バンコクそのまま。製造業・物流の現場には日本人エンジニアがいて、家事をするのはミャンマー人家政婦、カフェにはタイ人の大学生がいる。犬の目を通してバンコクの多国籍な日常を見せるのは、日本映画には絶対ない視点だ。
GDH 559がタイ映画の常識を変えた
ちょっと前まで「タイ映画」と言われたら、ホラーかムエタイだった。
それを変えたのがGDH 559だ。バズ・プーンピリヤが2017年に撮った『バッド・ジーニアス』がアジア全域で大ヒットし、2024年の『おばあちゃんが死ぬ前に億万長者になる方法』はタイ映画として初めてアカデミー賞国際長編映画部門のショートリスト15作品に残った。同年公開の『The Paradise of Thorns』もLGBTQ家族ドラマとして高評価を受けている。
GDHの映画はハリウッドのような派手さはない。でも家族や身近な人間関係を丁寧に描き、見た人の心の柔らかいところをピンポイントで突いてくる。『ゴハン』もその系譜の最先端で、しかも今回は人間ではなく犬で同じことをやってきた。3監督・10年・多国籍バンコクという構造で、ある意味反則だと思う。
日本公開はある? 前作の流れから期待大
タイ映画ファンの最大関心は「日本でも観られるのか」。前作『おばあちゃんが死ぬ前に億万長者になる方法(タイ原題: หลานม่า)』は、日本で2024年6月13日にアンプラグド配給で『おばあちゃんと僕の約束』として新宿ピカデリーほか全国順次公開され、SNSで火がついて配給期間が延長された経緯がある。
『ゴハン』も配給先として欧米含む7地域以上が決定済みで、日本配給社が動いている可能性は高い。タイ国内で3000万バーツのオープニング、カンヌ正式出品という実績は、日本の独立系配給会社にとって買いやすい条件だ。早ければ2026年内、遅くとも2027年前半に日本公開される可能性が見えてくる。
日本上映を待てない人は、タイ旅行を兼ねてバンコクで観るのが現実的な選択肢になる。
バンコクで観る: 上映館・チケット・英語字幕
バンコクではSF Cinema、Major Cineplex、Quartier CineArtなど主要シネプレックスで上映中。チケットは200〜280バーツ(約860〜1200円)。エムクオーティエやサイアム・パラゴンの一部回はタイ語音声+英語字幕での上映があるので、タイ語が分からない場合はそこを狙う。
タイ語が分からなくても全然大丈夫。犬の演技に字幕はいらないから。ただしハンカチは2枚持っていって。1枚じゃ絶対足りない。
留学中にタイの映画館で映画を観るということ
留学生として一番得した体験のひとつが、タイの映画館で地元の人と一緒に映画を観ることだ。周りのタイ人と一緒に笑って一緒に泣いて、言葉が分からなくても感情だけは共有できる。
『ゴハン』はまさにそういう映画だった。タイに来てまだ間もない人にも、長く住んでいる人にも、それぞれの人生に重なる場面が必ず1つはある。タイ社会と犬と外国人と家政婦と大学生、つまりバンコクという街の一部がぜんぶ詰まっている。観終わったあとに、なぜかこの街がもっと好きになっている。
『ゴハン โกฮัง..หัวใจโกโฮม』 2026年4月2日タイ公開 / 2時間21分 / GDH 559 / 監督: チャヤノップ・ブンプラコープ、バズ・プーンピリヤ、アッタ・ヘムワディー GDH 559公式サイト



