タイ・ラムプーン県の「業修正師(アーチャーン・ケーカム、อาจารย์แก้กรรม)」をめぐる性的虐待事件で、新たに約20年前に被害を受けたという元男性モデルが5月20日、SNS発の市民救援ページ「サーイマイ・トン・ロート(สายไหมต้องรอด)」を通じて告発した。被害者ネットワークは10代の少年から30代のビジネスマンまで拡大しており、当時は「過去世のカルマを修正する儀式」と信じ込まされて口をつぐんでいた層が、捜査の進展を機に次々と声を上げている。
元モデル40歳「20年消えない」告発
新たに名乗り出たのは、チェンマイ県在住の「ナーイ・ビー」(化名、40歳)。元男性モデルで、現在も20年前の出来事を「頭から消すことができない」と語っている。
被害は約20年前にさかのぼる。当時の知人だったバンコクの有名大学副学長代理(現職政治家の家族の親族)が、アーチャーン・ケーカムの弟子だった。「過去世を見られる」と勧められ、ナーイ・ビーは関心を持った友人と一緒に修正師を訪ねた。
同行した友人は、当時の閣僚の息子の妻。夫の浮気疑惑があり、「相手の女性は過去世のカルマで結ばれた業の敵だ」と周囲から囁かれ、修正の儀式を受けに行ったという経緯だった。
ラムプーンの修正師の自宅に到着したのは正午頃。過去世修正を希望する信者の行列ができており、ナーイ・ビーの待ち順は29番目、友人もすぐ後だった。
儀式のなかで修正師は、ナーイ・ビーに辛味噌「ナムプリック」を口に含ませた。その後、口腔に異物を含ませる行為が続き、口の中に激しい痛みと熱感が残った。「龍が野菜に見えた」という婉曲表現で、ナーイ・ビーは儀式の最中に強要された行為を伝えている。
被害者は10代から30代まで拡大
事件全体の経過を整理すると、5月初旬から続報が連続して報じられてきた。
5月8日に18歳の少年が、17歳未満の頃から修正師に性的に虐待されたとして警察に通報。5月9日から10日にかけて、犯罪鎮圧部(CSD)がラムプーン県パーサーン郡の修正師宅を家宅捜索し、関係書類と衣類などを押収した。
5月11日にはバンコク在住の30歳ビジネスマン「ナーイA」が司法省を訪れ、証人保護を要請。修正師の弟子には有名人・俳優・軍人・警察関係者が含まれ、報復の懸念があると訴えた。さらに5月13日にはナコーンサワン県出身の25歳男性が「20歳の時の被害だったが、当時は治療の一部だと信じ込まされていた」と告発に加わった。
5月19日には主犯の修正師62歳が、CSDによってラムプーンで身柄拘束された。
「カルマ修正」を装った構造
タイ社会には、仏教の輪廻思想を背景にした「業修正(แก้กรรม)」と呼ばれるスピリチュアルサービスが広く存在する。過去世の悪業を清算すれば現世の不運・病気・恋愛問題が解決すると説かれ、有名アーチャーンには芸能人・実業家・政治家まで通うのが珍しくない。
今回の事件で問題視されているのは、こうした権威構造を背景に、修正師が信者を「過去世の業を清算する儀式」と称して個別の閉鎖空間に呼び込み、性的行為を強要していた点。被害者の多くが10代後半から20代前半の若い男性で、当時は「治療」と信じ込まされていたケースが目立つ。
20年前の被害を今になって告発する動機について、ナーイ・ビーは若い被害者の証言を見たことが大きかったと述べている。同様に5月13日に告発したナコーンサワン男性も、報道を見て「あれは治療ではなかった」と理解するに至ったケースだった。
時効と捜査の壁
タイの刑法では性的虐待の公訴時効は罪状によって異なるが、警察関係者は「3ヶ月以上前の事案は告訴期間が経過している可能性が高い」とコメントしており、20年前の被害については時効が大きな壁になる。
それでも捜査機関が告発を受理し続けているのは、修正師の「常習性」を立証するためで、過去事案の証言を集めることで現在進行形の事案の量刑を重くする狙いとされる。タイの法曹界からも「未成年への性的虐待は時効を見直すべき」との声が出始めており、今回の事件をきっかけに法改正論議が広がる可能性もある。
業修正サービスの密室構造とSNS救援窓口
タイ社会には「業修正」「過去世」を題材にしたスピリチュアルサービスが広く存在し、有名なアーチャーンには芸能人・実業家・政治家までパトロン的に集まる構造ができている。今回の事件で警察に告発した30歳ビジネスマンが証人保護を要請した理由も、修正師の弟子に有名人・俳優・軍人・警察関係者が含まれることへの懸念だった。
被害者の多くが20年単位で沈黙してきた背景には、こうした権威構造に対する声の上げにくさと、「治療の一部」と信じ込まされる教義的な囲い込みがある。SNS発の市民救援ページ「サーイマイ・トン・ロート」のような告発窓口が機能していること自体が、密室化したスピリチュアル業界に対するセーフティネットとして注目されている。