タイのバンコク都知事選挙に立候補している政治家モンコンキット・スクシンタラーノン氏(通称「ピー・テー」)が、ラタナコシンスムポット・バンクンティアン中学校での生徒交流会で5月20日、目玉政策の一つとして「バンコク市民から資金を集めて世界的サッカークラブ、マンチェスター・ユナイテッドとリヴァプールの株式を取得する」案を改めて表明した。2030年FIFAワールドカップでタイ代表を優勝に導くという壮大な公約に紐付ける形で発信され、SNSで賛否両論を巻き起こしている。バンコク都知事選は6月28日(日)に投票が行われる。
ピー・テーとは何者か
「ピー・テー」と呼ばれるモンコンキット氏は、もともと「新選択肢党(พรรคทางเลือกใหม่)」首相候補。2019年・2023年・2026年の総選挙で同党を率い、テレビ討論や選挙管理委員会への登録時に腕立て伏せを披露するなどパフォーマンス重視のスタイルで知名度を上げた。
2023年総選挙の際は「もし首相になったら、ManUとリヴァプールを買収してタイ国民のものにし、タイ代表を2030年W杯チャンピオンに育てる」と公約。党内からも「停職処分」を受けるなど話題を呼んだ。
2026年3月3日、新たにバンコク都選挙向けの政治グループ「クルンテープ・ビンダーイ(กรุงเทพบินได้)」を結成。「バンコクは飛べる」を意味するグループ名で、6つの目玉政策を発表している。
- 空飛ぶ自動車の市内導入で渋滞とPM2.5解消
- センセープ運河の水を飲料水水準まで浄化
- マッサージ半額補助制度「ヌアットコンラクルン」の導入
- バンコク市内のエイズ患者ゼロ化
- バンコク市民と公務員への無料美容整形提供
- 海外サッカークラブ株式の市民共同出資購入
ラタナコシン中学校での発表
5月20日のラタナコシンスムポット・バンクンティアン中学校訪問では、ピー・テーが校門に着くと生徒たちが「テー兄ちゃん本人だ」と歓声を上げて殺到。教師らが生徒を整列させて押し合いを防ぐ場面もあった。記念撮影とサインに約3時間を費やし、終了後に記者団に対して候補団の正式発表日程を5月21日と明かした。
ピー・テーは「10年前にこの学校に外国人教師を派遣したのが縁。生徒からSNSで招待があったので訪問した」と説明。サームセン中学校に続く2校目の高校訪問だった。
市民出資の仕組みと現実性
ManU・リヴァプール株式取得スキームの具体策として、ピー・テーは「バンコク市民から自主的な出資を募り、クラブ株を購入して配当をバンコクの公共投資・若手選手育成に回す」とした。
ManUは2024年にイギリス人実業家ジム・ラトクリフ氏が約16億ドル(約2,360億円)で27.7%の株式を取得した経緯があり、現時点で市場価値は40〜50億ドル規模。リヴァプールも米Fenway Sports Groupが保有し、市場価値は約45億ドル。仮にバンコク市民800万人から平均1人5,000バーツ(約23,000円)を集めても約400億バーツ(約1,840億円)で、両クラブの少数株主にすら届かない水準。
タイのサッカー専門メディアは「クラブ買収は実現性ゼロだが、政策のシンボル価値で若年層の投票誘導に効いている」と分析する。
競合候補の顔ぶれ
6月28日のバンコク都知事選には、現職のチャチャート・シティパン氏(再選挙立候補)、民主党のアヌチャ・ナークサイ元政府報道官、人民党(オレンジ)、青(プムジャイタイ系)、赤(プアタイ系)などの候補が顔を揃える見通し。
ドゥシットポール世論調査では現職チャチャート氏が56.7%でトップ、ピー・テーはまだ調査対象に入る前段階の独立系候補という位置付け。それでもSNSでは「テー兄ちゃんが当選したらバンコクが面白くなる」という若年層の声が広がっており、得票率より「話題性で都知事選全体を引っ張る役回り」として注目されている。
エンタメ政治の系譜
ピー・テーのスタイルは、タイ政治の中でも独特の系譜に属する。1970年代以降、タイ政治には「真面目派」と「エンタメ派」が交互に台頭してきた歴史があり、近年では2010年代のチャラーン元国会議員、2020年代の「フューチャーフォワード党」のタナトーンとは別軸で、ピー・テーは「エンタメ振り切り型」のポジションを確立している。
W杯優勝・空飛ぶ車・運河飲料水化など、明らかに実現困難な公約を堂々と掲げ続けることで「真面目な政治への倦怠感」をすくい上げる戦略とされる。タイの政治学者からは「これは政治不信の表現形態」「真面目な政策が一切楽しく見えない現代の反作用」との分析も出ている。
6月28日投票日に向けた展望
バンコク都知事選は2026年6月28日(日)に投票が予定されており、5月21日にピー・テーが候補団・副知事チーム・市議会議員候補を正式発表する。
現職チャチャート氏が圧倒的優勢の中で、ピー・テーが目指すのは当選そのものよりも「若年層の投票率引き上げ」と「ManU買収政策の話題化による次回総選挙への布石」とみられる。タイ国民にとっては「LINE・SNSで盛り上がる選挙コンテンツ」として、ピー・テーの動向は引き続き関心の的になりそうだ。





