5月19日午後、チョンブリ県知事ナリッ氏と県警察、バンランムン警察、フアイヤイ警察、行政・治安関係機関による合同チームが、パタヤから車で20分ほど北東のフアイヤイ町(บ้านพักหมู่10 ต.ห้วยใหญ่ อ.บางละมุง)にある高級プールヴィラ1棟に踏み込んだ。2階を化学実験室に改装してエトミデート、いわゆる「ゾンビドラッグ」を製造していた現場で、中国籍の男2人を現行犯逮捕、化学薬品80種類以上と製造装置3台を押収した。
逮捕されたのは謝基榮(47)と鄧吉(24)の中国籍男性2人。容疑はタイ王国での無許可労働罪で、麻薬製造容疑は今後の鑑定結果を待って追加適用される見通し。3月にバンランムン郡ノンプラライ町で摘発した同種事件の派生捜査で、密造ネットワークが追えていたという。
現場の作り込み
押収現場は、敷地約1ライ(約1,600㎡)、塀で囲まれた2棟構成のプールヴィラ。1棟は居住用、もう1棟が改装の対象になっていた。2階を全面的に化学実験室に作り変え、大型ガラス管、200リットル化学容器、20リットルポリタンク、計量秤、密閉装置、化学混合装置3台が稼働状態で並んでいた。
押収された化学薬品は80種類以上。タイ警察捜査担当の話としてDailynews紙が伝えているところでは、製造の最終段階にあったのが「エトミデート」と呼ばれる強力な静脈麻酔薬。本来は手術導入用の医薬品で、医療現場でのみ流通する第2類向精神薬だが、これを電子タバコ(ベイプ)用のポッドに液状で詰める「ゾンビポッド」が東南アジアの闇市場で急増している。
近隣住民の通報がきっかけで、「中国人らしき男が出入りし、化学薬品の匂いが漂う」という情報を県警察が継続監視していた。バンランムンの観光地区から少し離れた住宅街で、外から見ると普通の高級プールヴィラだったため、半年近く気づかれずに稼働していた可能性がある。
ゾンビポッドとは何か
「ゾンビポッド」「ゾンビベイプ」と呼ばれる新型の闇電子タバコは、ニコチン液体の代わりに静脈麻酔薬エトミデートを充填したもの。一口吸うと数秒で深い催眠状態に陥り、その姿が「歩く屍(ゾンビ)」のように見えることが俗称の由来。
タイ国内では2024年後半からバンコク・パタヤ・チェンマイの夜のスポットを中心に出回り、2025年に入って摘発件数が急増。麻薬統制委員会(ONCB)は2025年12月にエトミデートを第2類向精神薬として正式に指定し、所持・製造・販売を一括して取り締まる対象に位置づけた。
電子タバコは表向き煙草と区別がつきにくく、若年層に手が届きやすい価格(1個300〜800バーツ前後)で売られる。中国系シンジケートがタイ国内で原料調達・製造拠点を確保し、タイ国内に流通させつつ、最近は中国・マレーシア向けに密輸する逆ルートも確認されている。
押収品の意味するスケール
化学薬品80種類、200リットル容器、稼働中の混合装置3台、というスペックは、家庭用の小規模製造ではなく、月産数千〜数万ポッド規模の工場だったことを示している。タイ警察関係者の見立てとしては、流通量から逆算してこの拠点だけで月500万バーツ(約2,300万円)前後の売上があった可能性が高い。
さらに、メイン拠点から約20キロ離れたバンランムン町チャイタレ村第2地区にある保管倉庫まで捜査が拡大した。倉庫には完成品ポッドの在庫が残されていたとみられ、押収を待っている。
3月の同郡ノンプラライ町摘発、4月のパタヤ別工場の摘発、そして今回のフアイヤイ町プールヴィラと、チョンブリ県だけで3ヶ月連続で大型工場が見つかっている流れになる。地域全体に分散配置された製造ネットワークが浮かび上がってきた格好だ。
なぜパタヤ近郊が選ばれるのか
外国人犯罪組織がパタヤ近郊を製造拠点に選ぶ理由はいくつか重なる。観光地・短期滞在者の混在で外国人(特に中国人)の出入りが目立ちにくいこと。戸建てやプールヴィラなど塀で囲まれた一軒家タイプの賃貸物件が比較的安く借りられること。そしてバンコクからスワンナプーム空港・ラチャダー流通拠点・港湾に近い割に、警察の重点警備エリアから外れていること。
特にフアイヤイ町・ノンプラライ町・チョンサムサオ町などのパタヤ郊外住宅街は、開発が進む一方で住民の入れ替わりが激しく、隣家への関心が薄い。今回も「半年近く気づかれなかった」のはこの土地柄が背景にある。
在パタヤ日本人の生活圏との距離感
フアイヤイ町はパタヤ中心部から北東に約15キロ、日本人駐在員や移住者が多く住むジョムティエン・パタヤナクルア界隈とは別エリア。とはいえ、子育て世帯がプールヴィラを賃貸で借りるエリアとも重なる。中華系・東欧系・ロシア系の外国人居住率が高く、街路では多国籍な看板が並ぶゾーンだ。
今回の摘発を受けて、近隣の不動産業者にはオーナーから「うちの物件はこういう用途に貸していないか」という確認の連絡が入り始めているという。プールヴィラの長期賃貸を運営している日本人オーナーや、現地で物件を斡旋している不動産仲介にとっては、テナント審査をもう一段引き締める実務的な動機になる。
電子タバコの所持・吸引はタイでは違法。観光客が空港で持ち込んで没収されるケースは2024年以降増えており、ジョムティエンビーチの取り締まりも強化されている。ゾンビポッドに該当する商品を観光地で「お土産」として勧められた場合は、絶対に手を出さない方がいい。
まとめ
3月以降、チョンブリ県では中国系シンジケートによるゾンビドラッグ製造拠点の摘発が連続しており、今回のフアイヤイ町プールヴィラはその一連の流れの中の最大規模となる。押収薬品80種類超・装置3台稼働中というスケールは、観光地パタヤの裏に張られたサプライチェーンの大きさを物語っている。
中国籍2名の逮捕で全容が明らかになるわけではなく、原料の調達ルート・完成品の流通ルート・代金決済の経路を含めた追加捜査が続く。続報があり次第このサイトでも追う。

