タイ陸軍第2軍管区が5月10日、ASEAN代表団(AOT-TH/ASEAN Observer Team)を率いてカンボジア国境に面するオースメット(Or Smach)地区を視察した。同地区は南北約498ライ(約79.7ヘクタール、米式フットボール場150枚分)に及ぶ巨大なオンライン詐欺拠点として知られ、タイ国民・米国民を含む世界中の被害者から年間数十億バーツを搾取してきた。今回の視察は、タイ・カンボジア国境協定に基づく重火器撤退と並行して、犯罪拠点監視を多国間で共同実施する流れの象徴になる。
オースメット詐欺リゾートはカンボジア・タイ国境のチョン・ジョム(Chong Chom)対岸に位置し、約160棟の建物が機能別に区画化されている。3月12日には空軍副司令官プラパス・ソーンチャイ少将(タイ・カンボジア国境合同メディアセンター長)がメディアを率いて視察し、構造の詳細が公開されていた。同拠点では1万人規模の外国人労働者が強制労働状態に置かれ、オンライン詐欺・暗号資産詐欺・恋愛詐欺の発信源として稼働している。
タイ国内への被害は深刻だ。オースメットを経由してタイ国民に向けて発信される詐欺により、年間1153億バーツ(約5650億円)相当が失われていると推計される。米国民の被害規模はさらに大きく、2025年だけで6700億バーツ(約3兆2800億円)相当の被害が報告された。カンボジア全体の「グレー経済」の規模は年間125億ドル(約1.9兆円)に達するとも指摘されている。
第2軍管区が今回ASEAN代表団を引率した背景には、タイ・カンボジア間の国境合意の進展がある。タイ軍は5月7日のアヌティン・フン・マネット三者会談で合意した「重火器撤退・信頼再構築」プロセスの一環で、ASEAN監視団の現地観察を受け入れる姿勢を示している。同時に、犯罪拠点としてのオースメットの存在を国際的に可視化することで、カンボジア政府への外圧を強める狙いも見える。
オースメット視察と並行して、タイ・カンボジア国境では5月10日にカンボジア軍がスリン県プラサート郡の58歳タイ人男性を森林産物採取で拘束するなど、住民レベルの摩擦も継続している。首脳レベルの和解と現場レベルの摩擦が並走する複雑な状況の中で、ASEAN多国間視察は中立的な可視化装置として機能する。
オースメット詐欺拠点の存在は、タイ在住外国人にも直接的な脅威となる。日本人駐在員の家族や元駐在員が「タイ警察を名乗る電話」「税関手続き偽装メッセージ」「投資勧誘」などのオースメット由来詐欺の標的になるケースが増えており、警察庁は「タイ語の不自然な抑揚」「カンボジアの国際電話番号からの発信」を特徴として注意を呼びかけている。
タイ第2軍管区のサティット少将ら司令部は、ASEAN代表団に対して、第3国国民を含む大規模強制労働の現状、オースメット内の発電所・通信インフラの自己完結性、武装警備員の配置状況などを示した。今後、ASEAN-AOTの観察記録は、カンボジア政府への国際社会としての公式抗議・法的根拠の構築に活用される可能性がある。