タイ当局が5月9日、香港の民主活動家Zhang Xinyan(張信燕)氏(55)をビザ超過と無許可就労の容疑で拘束した。彼女は香港国家安全維持法(NSL)下で「国家転覆罪」の容疑で香港当局から指名手配されていた18人の海外亡命活動家のひとりで、報道によれば中国本土への送還が予定されている。タイの送還運用が国際的な人権基準とどうぶつかるかが、改めて問われる事案だ。
Zhang氏は、海外に亡命した香港の民主派活動家が中心となって運営する「Hong Kong Parliament」(香港議会)のメンバー。「香港議会」はHK選挙制度の修正後に成立した亡命議会形式の組織で、自由選挙・人権擁護・対中政策のロビーイングを軸に活動している。Zhang氏は昨年、香港当局からNSL違反(破壊活動の疑い)で指名手配リストに名を連ねた。
逮捕の容疑はビザ超過と「適切な書類なしでの就労」。香港議会側の声明によると、Zhang氏の就労違反はYouTube上で運営していたインタビュー番組のホストとしての活動が問題視されたものだという。Human Rights Watchのタイ研究員スナイ・パスク氏がX(旧Twitter)で逮捕を公表し、国際的な関心を集めている。
タイは1951年の難民の地位に関する条約の批准国ではないため、UNHCRから難民認定書を保有していても移民法違反で訴追される可能性がある。これまでもベトナム人活動家Y Quynh Bdap氏のケースで、タイ裁判所がベトナムへの身柄引き渡しを命じた前例など、政治難民の保護より入国管理の運用が優先される傾向が指摘されてきた。
中国本土への送還は、香港の活動家にとって極めて深刻な意味を持つ。香港NSL下では、海外で活動する亡命者を中国国家安全法の対象に含めて訴追できる体制が整えられており、本土への送還は事実上、長期収監・厳しい取り調べ・「自白」強要のリスクを意味する。中国とタイの首脳外交が深まる中で、タイが事実上、中国の「超国家的抑圧」の中継地点になっているとの批判が国際人権団体から出ている。
タイ・中国の関係性は近年、経済協力(中国の鉄道投資、観光客誘致)と治安協力(中国人犯罪者の取り締まり)の両面で深化している。今年5月にもチョンブリ県で中国人ミンチェン氏の武器庫事件が表面化したばかりで、タイ・中国の警察協力チャネルが活発に動いている時期と重なる。
タイ在住の駐在員家族・ビジネスマンにとって、Zhang氏のケースは「タイは政治難民の保護地ではない」という現実を改めて示す。香港・台湾・中国本土からの政治的避難民にとって、タイを中継地として利用することのリスクが浮き彫りになった。同時に、タイで運営されるYouTube・ポッドキャスト・SNS等のメディア活動が「無許可就労」と判断されるリスクは、タイで個人の専門活動を行う日本人にとっても示唆的な前例となる。