マカサン列車・バス衝突事故(死者8名・負傷者35名超)の列車運転士が、覚醒剤(ヤーバ)と大麻を常習的に使用していたことを警察の取り調べで認めた。直近の使用は事故の10日前で、毎回複数錠を摂取していたと供述。さらに2019年(2562年)には既に薬物使用で起訴された前科があったことが捜査で判明した。バンコク首都警察第1管区長ウォラサック・ピシスバンナコン警察少将が5月18日午後マカサン警察署で記者会見。バス運転手への過失致死罪の追加起訴も完了。事件は「個人の薬物使用と組織の見逃し」が重なる構造的失敗の様相を深め、タイ国鉄(SRT)の人事・労務管理の責任追及が不可避になった。
運転士本人の告白—ヤーバと大麻の常習
5月18日午後12時15分、マカサン警察署で捜査チームの会議が開かれた後、ウォラサック警察少将が記者会見した。
運転士本人の取り調べでの告白内容は次の通り。
第1に、覚醒剤(ヤーバ)と大麻の両方を常習的に使用していた。
第2に、1回の使用量は「複数錠(หลายเม็ด)」と供述。ヤーバは1錠あたり通常0.06〜0.1g程度の覚醒剤含有のため、複数錠は重度の使用量。
第3に、直近の使用は事故の10日前。事故当日(5月15日)の体内薬物濃度は、10日前の使用残留と短期間に追加摂取した可能性の両方が考えられる。
第4に、運転業務中に薬物を使用したかについては、本人は否認。
5月18日朝のSRT発表(ブラックボックス分析で衝突地点僅か100m手前で緊急ブレーキ)と合わせると、薬物による反応能力低下が事故の重要因子であることが明確になった。
2019年に薬物使用で起訴された前科判明
捜査の進展で判明した最も重要な事実が、運転士に2019年(2562年)の薬物使用前科があったことだ。
この前科に関する事実は次の通り。
第1に、起訴罪名は「薬物使用」(タイ法上、麻薬類管理法違反)。詳細な薬物の種類は捜査資料の照会中。
第2に、起訴時期は2019年。
第3に、当時の判決は、執行猶予か社会奉仕命令か、詳細は捜査資料から再確認中。
第4に、判決後はSRTの記録に「前科」として残るはずだが、SRTの2023年採用時に本人申告がなかったか、または採用担当者が確認しなかった、いずれかの可能性。
つまり、SRTは(a)2019年の薬物前科がある人物を、(b)2023年に運転士として採用し、(c)その後3年間で再使用が始まったか、または採用前から継続使用していた可能性、を許容してしまったことになる。
採用時の身上調査(バックグラウンドチェック)の機能不全が浮き彫りになった。
バス運転手も過失致死罪で正式起訴
ウォラサック警察少将は会見で、バス運転手にも過失致死罪での追加起訴が完了したと発表した。
バス運転手への適用罪名は次の4つ。
第1に、過失致死罪(タイ刑法291条)。死者8名を発生させた責任。
第2に、過失致傷罪(同390条)。負傷者35名超を発生させた責任。
第3に、過失重傷罪(同304条)。重傷者2名を発生させた責任。
第4に、過失器物損壊罪。事故車両・周辺施設の損害。
バス運転手は「踏切上で停車していた」「左折のための信号待ち中だった」「列車接近の警告音を聞き逃した」など供述しているが、(a)タイ交通法上「踏切手前5mで必ず停止し左右安全確認後通過」が義務、(b)踏切上での停車は明確な違反、として警察は刑事責任を問う。
これで、(i)列車運転士、(ii)踏切バリア担当者(旗振り員)、(iii)バス運転手の3者全員が過失致死罪で起訴された形だ。
列車運転士と旗振り員の供述が真っ向対立
捜査の難しさを示すのが、列車運転士と踏切バリア担当者(旗振り員)の供述が完全に矛盾していること。
旗振り員側の主張: 「列車接近の旗信号を出した」「警報音もブレーキ操作も指示した」。
列車運転士側の主張: 「旗振り員は信号を出していなかった」「事前警告を受けていない」。
ウォラサック警察少将は「両者の供述が矛盾しており、これは被疑者の権利として陳述する自由を行使した結果」と述べ、現場CCTV映像・無線通信記録・踏切センサー記録などの物証を元に真偽判定する方針を示した。
CCTV映像が両者の供述を判定する決定的証拠となる可能性が高い。
捜査チームの編成・分担
警察は捜査の体制強化のため、捜査チーム(คณะทำงานสอบสวน)を編成した。
チーム編成は次の通り。
第1に、運転士薬物使用・薬物入手経路担当チーム。SRT内部の薬物取引・同僚関与の調査。
第2に、踏切バリア・信号システム担当チーム。物証収集・エンジニアリング分析。
第3に、バス運転手・BMTA労務管理担当チーム。バス会社の運転手選定・労務管理の調査。
第4に、SRT組織責任担当チーム。SRT総裁・人事部・労務部の責任追及。
第5に、被害者対応担当チーム。死者家族・負傷者の補償交渉・心理ケア。
複数チームに分けた捜査により、構造的問題の全貌解明が進む見込み。
SRTの人事管理体制の責任が問われる
運転士の2019年薬物前科が判明したことで、SRTの責任追及は不可避となった。
第1に、採用時の身上調査の不備。前科のある人物を運転士として採用したプロセス。
第2に、年次健康診断時の薬物検査の不備。3年間で抽出されない確率の構造的問題。
第3に、運行前の薬物検査体制の不備。アルコール検査はあるが薬物検査はない仕組み。
第4に、同僚・上司の見逃し疑惑。当該運転士の使用を周囲が知っていたか。
警察庁主導の「踏切再構築」捜査と並んで、SRT内部の労務管理改革が国家的課題となる。
関連背景
タイ駐在の日本人家庭にとって、運転士の薬物常習・前科判明は次の懸念を生む。
第1に、エアポートレールリンク・BTS・MRTなどの他鉄道事業者の運転士検査体制への疑問。SRT以外も同様の問題があるか。
第2に、市内バス(BMTA・民間バス)の運転手検査体制の不備の可能性。タクシー・グラブ運転手も同様か。
第3に、家族(特に子供のスクールバス)の安全への懸念。
第4に、薬物の社会的蔓延の現状。タイの薬物問題は、(a)国境地帯のメコン地域からのヤーバ流入、(b)大麻合法化(2022年)以降の使用層拡大、(c)経済的困窮による依存、などが複合している。
今後の動き
5月20日の調査完了報告に向けて、警察捜査は集大成段階に入る。
第1に、CCTV映像・無線通信記録・踏切センサー記録の物証分析完了。
第2に、SRT総裁・関係幹部の事情聴取。
第3に、運転士の薬物入手経路の解明(誰から・どこで購入)。
第4に、バンコク都・運輸省・SRT・警察庁の合同会議による踏切再構築計画の発表。
第5に、被害者家族への補償交渉の本格化(UCEP無料医療制度の活用と賠償金)。





