タイの著名ウイルス学者で、王立学士院科学部門所属のヤン・プーワオラワン教授(チュラロンコン大学医学部臨床ウイルス学センター長)が5月10日、Facebookで「タイではハンタウイルスを40〜50年以上前から確認しているが、リスクは極めて低く、心配する必要はない」との見解を公表した。米州チリで広がるAndes株とは別系統のウイルスがタイで検出されてきたという。
5/8にタイ国家感染症委員会がハンタウイルスを「危険感染症」に指定する研究を承認し、同日にはタイ公衆衛生省も監視を強化する方針を打ち出していた。海外の致死率30〜40%という報道に在住者・旅行者の不安が広がる中、国内第一線のウイルス学者が「タイの株は別物」と踏み込んだ説明を加えた格好だ。
ヤン教授によると、ハンタウイルスはRNAウイルスのHantaviridae科に属し、ネズミなどの齧歯類を主な宿主とする。人間はネズミの尿・糞・唾液で汚染された塵埃を吸い込むことで感染する。名称の由来は朝鮮戦争後に韓国のハンタン川流域で発見されたことから来ており、教授自身が学生だった1970年代にはすでに知られていた病原体だという。
タイでは過去40〜50年にわたり、齧歯類とくに大型ネズミ(หนูพุก)からウイルスの遺伝的痕跡が検出され、一部住民からは抗体も見つかっている。つまり、タイにハンタウイルス自体は存在してきたが、流行や人間同士の感染拡大は確認されてこなかった。
致死率30〜40%という数字は、南米で問題になっているAndes株に固有のもの。ハンタウイルスは原則として人から人にうつらないが、Andes株だけが例外的に人間同士の伝染を起こすとされる。教授は「タイで検出されてきたのはAndes株とは別の系統で、現時点でAndes株のタイ国内での流行報告はない」と明言した。
症状は初期に発熱・筋肉痛・吐き気・嘔吐などインフルエンザに似た形で現れる。重症化すると腎不全、または肺水腫による呼吸不全に至る可能性がある。家屋や倉庫でネズミの糞尿が積もった場所を掃除する際は、マスクと手袋を着けて塵を立てないことが基本的な注意点となる。
タイ在住の日本人にとっては、一連の海外ハンタウイルス報道で「タイは大丈夫なのか」と気になる人も多いはずだが、王立学士院に名を連ねる第一人者の見立ては「歴史的に共存してきた在来株であって、新たに恐れる必要のある事態ではない」という冷静なものだ。