スリン県ターートゥム郡クラポー村の名物雄象「プラーイ・トーンバイ(พลายทองใบ)」が5月10日午後2時頃、53歳で静かに息を引き取った。タイ国内で最も美しく長い象牙(約2.10メートル)を持つ象として広く知られ、「Chang Beer(チャン・ビール)」の広告主役を務めるなどタイ国民にとって象徴的な存在だった。長年彼を世話してきたカウン(象遣い)プロ・ルン氏は、別れの場面で「言葉にならない」と涙をこらえた。
スリン県は、タイ・カンボジア国境地帯に位置する伝統的な象使い文化の中心地で、同県ターートゥム郡周辺は数百頭の象が住民と共に暮らす「象の村」として知られている。プラーイ・トーンバイはその中でも別格の存在で、湾曲した美しい象牙の形状と物静かな性格で、観光客・写真家・広告関係者の被写体となってきた。
代表的な出演はChang Beer(タイビール最大手)のテレビCMで、広告内では「タイ国民の誇り」を象徴するアイコン的な扱いを受けた。タイ国内ではChang Beer広告に登場する「あの大きな牙の象」として、象の名前を知らない人にも顔(正確には牙)が認知されている存在だった。
死因は現時点で公表されていない。クラポー村の住民とカウンが葬儀・埋葬の準備を進めており、地元の高僧(クルバー)と象医(モーチャン)と協議中で、具体的な日程は未定。タイ仏教伝統では、長年人間と共に過ごした名物象には僧侶による葬礼が施されることが多く、関係者は彼の53年の生涯にふさわしい送り出しを準備している。
報道では、4月28日の嵐で同村の象の彫像(プラーイ・トーンバイをモチーフにしたとされる)が損傷したことを「不吉な前兆だった」と振り返る声が紹介されている。象は感情に敏感な動物で、群れの仲間や周囲の人間の死別を察知することが知られているが、彼自身が周囲の異変を感じていた可能性も否定できない。
スリン県では、毎年11月に「象祭り(Surin Elephant Round-up)」が開催され、世界中から象愛好家・観光客が集まる。プラーイ・トーンバイは過去の象祭りでも主役級の存在感を示してきたため、今年11月の祭りには彼が不在となる初の年となる。地元観光業界にとっても象徴的な損失だ。
直近では5月10日朝、ブンカン県プーウア野生生物保護区でキノコ採取中の39歳女性が野生象に襲われ死亡した事件もあり、タイの「象と人間の関係」が改めて注目される時期となった。プラーイ・トーンバイのように人間と何十年も共に過ごす飼育象と、保護区で人間と摩擦を起こす野生象。同じ「象」という生き物の二面性が、5月10日のタイで対照的に浮かび上がった。
スリン県の象村は、タイ観光名所として日本人観光客にも一定の認知度がある。プラーイ・トーンバイ自身が現地で観光客の写真撮影に応じてきた経緯もあり、過去に彼と一緒の写真を撮った日本人もいるはずだ。タイの一時代を象徴した存在の旅立ちに、心からの哀悼を捧げたい。