トラート県ボーラーイ郡で2026年4月5日、発情期(マスト)に入った野生象が63歳のモン族農場労働者を踏み殺す事故が発生した。現場はボーポーイ・サブ地区の農地で、クロンケーオ国立公園の森林に隣接している。
息子の「近づくな」を無視した末に
目撃した息子のサイチョンさん(33歳)によると、森から強烈な臭いを放ちながら興奮状態の野生象が現れた。サイチョンさんは即座に父親に「近づくな、危険だ」と警告したが、父親は象を追い払おうと近づき、踏み殺された。
当局が現場を確認したところ、マスト特有の強い臭いが残っていた。この臭いは側頭腺から分泌される液体によるもので、発情期の雄象に特有の生理現象だ。
発情期の象が極めて危険な理由
マストと呼ばれる雄象の発情期は、テストステロン値が通常時の60倍にも達することがある。脳内の化学バランスが大きく変化し、普段は温厚な象でも人間や他の動物に対して攻撃的になる。この状態は数週間から数カ月続く場合もあり、その間は訓練を受けた象でさえ制御が難しくなる。
今回踏み殺した象は「ジャオデーブ」という名のついた雄の野生象とみられており、過去にも人を死亡させた記録のある個体だという。5トンを超える体重をもつ巨体が暴走すれば、人間には為す術がない。
タイでは人と象の衝突が繰り返される
タイでは国立公園や保護区に隣接する農村部で、野生象と人間の生活圏が重なっている。農地への侵入や作物の食害、交通事故などが年間を通じて各地で発生しており、農村住民にとって象は「笑えない隣人」だ。
野生象との事故は年間数件から十数件が報告されており、タイ内務省や国立公園・野生動物・植物保護局(DNP)も定期的に注意喚起を行っている。当局は住民に対し、野生象を発見した場合は自ら対処せず通報するよう改めて呼びかけている。
息子の制止を振り切って象に向かった父親の悲劇は、野生動物との距離感の難しさを再び突きつけた事故となった。