タイのアヌティン首相が6月9日、カンボジアとの国境問題をめぐり「タイは誰の主権も侵害したことはない」と述べ、譲歩しない姿勢を強調した。カンボジアのメディアが、フン・セン上院議長(前首相)が「領土を取り戻す用意がある」と発言したと報じたことを受けた反応で、首相は「脅すつもりはないが、タイに対して武力を使おうとするなら、よく考えた方がいい」と踏み込んだ(関連記事:タイ・カンボジア国境チョンボックで一時対峙、有刺鉄線設置にカンボジア軍が妨害)。
カンボジア側は、タイが管理を強めた国境地帯から撤退し、設置した柵やコンテナの障壁を撤去して、カンボジア国民が元の土地に戻れるようにすべきだと求めてきた。これに対しアヌティン首相は、撤退も、障壁の撤去も、国境の開放も行わないという立場を明確にしている。
首相は、タイの尊厳と領土に関わる利益は最後まで守ると繰り返した。フン・マネト首相(フン・セン氏の息子)と握手を交わした写真が取り沙汰されたことについては、外交儀礼の範囲であり、政治的な協議や二国間交渉を行ったわけではないと釈明した。
タイとカンボジアの国境問題は、2025年以降くすぶり続けている。同年には国境地帯で武力衝突が起き、いったん停戦に至ったものの、領土をめぐる対立はその後も解けないままだ。タイ政府は、両国の国境画定の根拠とされてきた2001年の覚書(MOU)を破棄し、今後はUNCLOS(国連海洋法条約)などに基づいて交渉する方針を示してきた。フィリピン・セブでの協議では、将来の交渉に同条約を用いることで一致したとされる。
一方で、現場では緊張が続く。チョンボック地区では有刺鉄線をめぐってタイとカンボジアの部隊が一時対峙し、付近で対戦車地雷が相次いで見つかるなど、不穏な状況が報じられてきた。今回の首相発言は、こうした実務レベルの対立が、両国トップの応酬にまで広がっていることを示している。
国境地帯には住民や農地が広がり、観光や物流でも往来が多い。トップ同士の強い言葉が飛び交う状況は、緊張がすぐに収まる気配がないことをうかがわせる。タイ政府が主権を譲らない構えを崩さないなか、次にどのような外交の動きが出てくるかが注目される。